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12月9日

師走にはいり、ハリネズミの「キューさま」との生活も7ヶ月になりました。

暑い日も寒い日も、家のなかで、いちばん快適な場所に移動させて
まいにち飽きもせず「キューさま」のおうちは、ココロをこめて掃除。
痛くても我慢して、そうっと抱っこしたり、手渡しで「ご飯」をあげたり。
家族全員、ただ、ただ、つくしてまいりました。

そんな「キューさま」は体重300グラムを超えたところで、カラダも
性格もすでに育ちきった感が。
※ 健康管理のため、ときどき画像のように「体重」をはかってあげます。

彼女とのココロあたたまる「ふれあい」はスッカリあきらめていました。

うえの文章から、オヤッとおもうような大きな変化があるのか、ないのか。
気になるところと思います。
(誰も、なってないかもしれんけど)

ハリネズミ「キューさま」との蜜月。
部屋を歩かせると、かならず「すみっこ」か「もぐる」ところを探しまくる。
そういう卑屈でかたくなな習性の動物とはじめて暮らしました。
でも、いつか名前を呼んだら、タタターとかけてくる日を夢みていました。

そんなある日、部屋を散歩させていると、タタターと「わたくし」にむかって
走ってくる!走ってくる! (走るのは、意外と早い)
長かかった・・・ツレナイ日々よ、さらば。
ヨロコビにあふれる、わたくし。

が、そのまま「おいでー」と座っている、わたくしの足の間(つまり、股)
に飛び込んできました。
針が刺さって、とても痛かった。
たんにせまいところに、どうしても隠れたかっただけ。
ココロもとても痛かった。

いっさいココロをひらかず、希望のもてないハリネズミ
「キューさま」とともに、さむいさむい師走の夜は更けていきます。

11月28日

ここのところドタバタ続きの「台所喫茶店」も「帽子展」も無事におわり。
遠くから、近くから、わざわざ足を運んでくださり。
ほんとうにありがとうございました。
とにかくドタバタでしたので、いたらないことも多々あったと思います。

「台所喫茶店」のほうは、わたしに余裕がなかったため、よい写真がなく。
くわしくは一緒に活動してくれる「ene」や「ろうそく夜」のサイトにて
その様子をご覧ください。

「台所喫茶店」が来年も続けられるかは、まだ、わからないのですが
やり終わると、あわただしさと忙しさから、全員が「ふぬけ」になります。
だけれど「やってよかった」と思える、1年に1回、たった2日間の
「文化祭」のような「部活」のような。
ゲラゲラいっぱい笑って、おいしい顔、なつかいしい顔と再会し
終わってみれば、あまりにはかなく、切ないかんじ。

広瀬邸への家具の搬入と搬出は、即席「引っ越しやさん」になったみたいで
ヨレヨレ(とくに後片付けのしんどさとお金あわせがツライ)けど
ふだんはシーンとした何もないところが、それぞれの器や家具と人々で
息をふきかえすように動きだすのは、この家が、かつての活気ある
お台所にもどったよう。
つぎの年も、またここで、と、みんなで思いつつ終わりました。

画像は「帽子展」のようす。
フワフワだけれど甘すぎず、ふだんにかぶれる、イロイロな色の帽子。
シンプルな素材のチカラを生かしたTシャツなど。
帽子の箱もてづくりでかんじがよくて、モノづくりをされる
平岡あゆみさんの根っこのようなモノたちが、ズラリと揃いました。

みんなで、いろいろかぶってみては、こっちのほうが似合うーといいながら
カタチも色も人によって似合うものは、いろいろだなーと改めて感じました。
平岡さんの帽子が大好きなわたしにも、とてもよい勉強になりました。

おもいおもいに楽しんでかぶっていただいて、そのうれしいかんじとともに
ホカホカなやさしいキモチでいてもらえるような帽子に
それぞれ育てていただければ、うれしいなーと思っています。

11月13日

もはや3回目になった「台所喫茶店」明日からはじまります

ふるびた「広瀬邸」の台所
裏で支えてくれる人
表で立ち働いてくれる人
毎年、ここで出会える人

それぞれが持ち寄った、だいじに思っているバラバラの家具や器たち
いびつでもココロをこめてつくった、お菓子たち
ホカホカのあったかい飲み物たち

あんまりキッチリいろんなことを決めることなく、自由なのに
思いは、みんな深くて、それが、なんか居心地のよい場所に

わたしらと新居浜市の職員さんと、お茶をのみにきてくるかたがた
みんなの思いがあわさって、まさかの3回目をむかえることができました

今年も天気はイマイチだけれど、どんなふうになるのだろう
この先、この思いは、どんなふうに育っていくのだろう
この空間を、ずっとよいカタチで大事にしたいと思っている

みんなの思いがギュッとつまっている、1年で2日間だけの「喫茶店」
どうぞ、あたたかくしてお越しをお待ちしています

広大な敷地も邸内も、散策するだけでも、きもちのよい
わたしたちが誇りに、大切に、思っている空間です

10月11日

あっという間に10月。
日々はとぶように過ぎ去る。
ちいさい頃は、あんなに1日も季節も長かったのに。

まいにちの仕事、台所喫茶店のこと、企画展のこと、カレンダーのこと。
そのほかのいろいろ、家族のこと、行事のことなどがドサドサと。
いっぱい、いっぱいなのに、毎日掃除したり、ごはんを食べたり
ゴミをだしたり。
家事や仕事は「ここで終わりー」ということはなく連綿と続いていく。

変わらず続くものを大事にしたい、といつも思っている。
だけれど同じようにみえる日々も人のキモチも、すこしずつ
カタチを変えたり、離れたりしていくのは仕方のないこと。
切ないけれど、だからこそ大事にしていかなきゃーと思う。

この春、我が家にやってきたハリネズミの「キューさま」。
あいかわらず癒されない、一方通行の片思い。
だけれどザリリッとした背中をなでつつ、名前を呼ぶと
なんか「ハッ」としていることに、昨日気がついた。
ようやく彼女は、名前らしきものを、うっすら認識したよう。
この変化は、かなり、うれしいー。
といっても呼んだくらいで近寄ってくるわけではないんだけど。

愛するキューさまがいるので、今年のカレンダーは「ハリネズミ」と
ココロのなかは思っているけど、そんなの、だれも欲しくないだろうから
いつもどおり、まじめに作っています。
遅いけど、11月はじめ頃にはお届けできるよう、ただいま準備中。
これは毎年、課題のように変わらずつづけていくつもり。

9月20日

すっかり秋。
実りの秋といえば「栗」とか「芋」なんかなー。
わたしは、あんまり木の実モノが好きじゃないので「栗」はどうでもよい。
何より、かたーいものを「手でムグ」食べ物は、めんどくさい。
誰か(←おもに夫か母)が「ムグ」まで、栗も伊予柑も絶対にたべません。

むかしの横暴な「おとうさん」のイメージですが、唯一の例外として
蟹だけは自分ひとりでほじくります。
ほじるときの無心なかんじとか、一生懸命がんばっても、これだけ・・・
という、ガッカリ的な要素が、案外すきなのかも。

そうすると、ムダに愛情をそそいでも全く見返りのない我が家の
「ハリネズミ」のガッカリ的なところ。
もしかしたらキライではないのかもーとも思う。

画像は、のびまくった爪をきられて、久々に「栗」になってイカッテいる
ハリネズミの「キューさま」。
爪をきるのに、えらい苦労したけど、彼女の反撃も見事だった。
「手足もココロも決してひらきません」というキッパリとした闘志が
かんじられる。

というわけで、死闘?の末、ひさしぶりに「栗」になった「キューさま」。
ま、栗は秋らしいな、ということで。

ごはんがオイシイ季節になりました。
中年太りしない程度に、モリモリたべようっと。
衣替えのたんびに、服がピッチピチになる夫には、とくに注意しなきゃー。

みなさんも、風邪などひかぬよう、おいしくて、タノシイ秋をー。

9月13日

青い空は、だんだんと高く遠くなり、カラダは冷たいものを欲しなくなり
秋だなーとかんじる。
なんか中途半端なかんじで、この夏はクーラーを1回もつけることなくおわる。

いただきものの、こっくりとした素朴なてづくりクッキー(オイシイ!)と
湧かしたてのアツアツ麦茶をフーフーいいつつのむ。
昼間、こどもたちが学校へもっていく「つめたい麦茶」をつくらねば。

長かった夏休みも、きがつくと終わり、忘れていたらしい「読書感想文」の
宿題発覚、あわてて良さそげな本を図書館で借りてきて、ムスメに手渡す。
ムスメの消しては書く感想文←わたしも好かんかったな、とおもいながら
傍らでその本を読んでみたら、ぼたぼたと涙が。

「ヨハネスブルグへの旅」という本で、どうも課題図書だったらしい。
子供にわかりやすい内容なのだけど、そこには深い深い意味がこめられている。
はじめて読んだ本だったけど、オイオイと泣いてしまった。

この本は、南アフリカ「アパルトヘイト」のこと。
むかし学校で「アパルトヘイト」という言葉を習ったけど、恥ずかしながら
わたしは「知識」として知っていただけ。

この「人種隔離政策」は17世紀頃からはじまり1994年まで続く。
信じられないことに、ほんの15年前、ようやく廃止されたらしい。
ムスメがうまれる、ちょっと前まで、こんな政策が続いていたことは
私にとって、かなりショックだった。
もちろん現在でも、その歴史はキッパリ終わりをつげたわけではない。

いままで「遠くのことは、よくわからん」と見て見ぬふりをしてきた。
そうするのはラクで、すごく簡単なこと。
自分のまわりのことだけでなく、大事なこと、知らなければならないことは
世界中に、まだまだいっぱいある。

学校で画一的に、また一方的に知識をつめこむのとは、なんだか違う。
ココロにしみる、深まる秋におすすめの本です。

8月16日

だいじなハリネズミ「キューさま」が我が家にやってきて3ヶ月と少し。
まいにち変わらず、家族の愛情「ダダ漏れ」状態はつづく。

だけれど、ハリネズミは、なんというか、メチャクチャ手ごわい。
幼少のころから、なにかしら飼ってきた私としては、こんなふうに
一緒にすんでいる動物になつかれなかったキオクはない。
ニワトリや金魚ですら、エサをあげるときだけは寄ってきたというのに。

「キューさま」は、1日1回のご飯のときですら、しぶしぶ・・・という
かんじで新聞紙の間から出てきて、家族の手から3粒くらいたべると
「あとは1人きりで食べたいのッ」といわんばかりに、またもぐってしまう。

とはいえ、夜は家族で奪うように抱っこしてやり、散歩につれていき
「キューさま」の機嫌をうかがう。
ジッと抱かれて機嫌がよい、というては浮かれ、トゲトゲで暴れると
機嫌ワルイ・・・と沈む。

「キューさま」への愛情は、むだに漏れっぱなしだけれど、たま~にもぐらず
ねむっている顔は、笑っているような、ぶっさいくな子犬のような。
ピンク色の手?じゃなくて、足は、ほそくてミョーンと伸びきっている。
きっと「キューさま」なりに安心しているのだなー、かわいいなーと
みんなで勝手に癒されている。

こうして一方通行の愛は、まだまだ続く。

7月27日

このあいだ、雲のあいだから「日食」がチラリと見れた。
この日は興味がなくてもあっても、たくさんの人が日本で世界で
空を見上げたのだなーとおもう。
自然の現象は不思議に満ちていて、キッパリと手が届かない大きすぎる存在で
今ここに生きている人、みんながいなくなっても、きっと変わらずにある。
見ていたら、切なくなってきて、ジワリーと涙がでた。
日常のチマチマとしたことなんか、大丈夫なように思えてきて。

とはいえ、ふだんは目の前のチマチマとしたところを生きている。

わたしは本屋さんに行くのがひどく苦手で行くのは半年に1回くらい。
読み捨てられる大量の雑誌も本も、なんだか悲しく思えるし
何より手元におくのがイヤなので、Iちゃんが貸してくれる。
いつもアリガトウー、また貸してねー。

だけれど、へんな活字中毒者なので本だけはもっぱら市の図書館で。
高尚な本は、ほとんど読まないけど100冊に1冊くらいの割合で
手元に残したいほどココロに残った本だけ購入する。

このあいだ2日間ほど、パッタリと読むものがなくなった。
新聞の端っこまでキッチリ全部読んで、いてもたってもいられなくなり
病気のようにフラフラと図書館へ行ってしまう。
滞在時間は、あとの予定がつまっていて15分間しかないうえに
読みたい作家の本も棚にないー。
パニックになりつつ、手当たり次第に10冊ほど選んで帰る。

結論からいうと、私はその本から、なんにも感じることができなかった。
「もしかしたら最後に・・・」なんて我慢に我慢を重ねて読んだのに。
読んでしまった時間をかえせーと、むしょうに腹までたってくる。
こういうことでムカムカしてしまうのは、我ながら「ちっさいなー」と反省。

ほんとうの意味で、怒ったり悲しんだりする出来事は、この日本にも
世界にも、悲しいけれど、毎日たくさんありすぎる。

今回はムカムカをふっとばすような?
新聞の筒に頭だけ突っ込んだ、脱力系ハリネズミ「キューさま」。

7月6日

だれも見たくなくても勝手に「ハリネズミ片思い日記」。
その後、ハリネズミのキューさまは、すくすくと育っています。

ひょんなことから知ってしまったのだけれど
福生の「antos」水田くんも、なんと「ハリネズミ」を飼っているそう。
キューさまハウスと違い、木枠にガラス窓のおされハウスだそうで。
クヤシイー。
まったくインテリアにそぐわない我が家の衣装ケースとは大違い。
ちなみに水田くんのハリネズミちゃんは、虫をモリモリと食べるそうです。

キューさまにとって、はじめての夏はちと食欲もないようで。
しかたなく、ほんとうーにしかたなく「コオロギ」を買ってきました。
が、キューさまは、そこらへんを飛びはねる「コオロギ」にビビリまくり
全く食べ物とおもってないようで、彼女のストレスは増えるだけ。
一方、エサであるはずの「コオロギ」は危機感ゼロで、毎夜ルルル~♪
と楽しげにうたう始末。
3日目で、コオロギ食を断念しました。
やはり、お嬢様育ちなのね、しかたないね、虫くんダメなんよね、と
ココロから喜ぶ家族たち。

そんなキューさまは、あいかわらず大好きな「まわしぐるま」で
毎夜、毎夜、はげしく回って遊んでいます。
わたしらが見ていると「ワタクシ、まわしぐるまには興味ないの」
と知らんぷりして、ツレナイ感じなのに。
寝静まったふりをすると、うりゃうりゃー、という勢いで回ってます。

このあいだ「まわしぐるま」に乗ってジーッとしている、キューさま発見。
「あ、見た・・・?」と何ともバツがわるそうに恥じらって、ピタッと
かたまって動けない、キューさま。
どうでもいいけど、我が家にとっては、かなりなお宝ショット。

だれも期待していないであろう「ハリネズミ日記」はまだまだ続きます。
たぶん。

6月30日

6月24日、おもえば奇跡のように
6周年を無事にむかえることができました。

ひどい人見知りで、接客業としては全く向いていなくて。
えーっというくらい、人の顔や目をまともに見れない (犯罪者か?)し
緊張のあまり、ものすっごい早口になり、そのうち支離滅裂なことを
怒濤のように話してしまったり、更年期か?汗がジャージャーでたり
自分の意志とは全く関係なく、全身にドバーッと鳥肌がたったり。

もう、ここまでくると、かなりあやしいやつで。
一度、精神的にドドーンと病んでしまったせいか、とくに午前中は
人に会うのが困難でクスリを服用して、どうにかこうにか外出。

こんなふうなわたしが、店を続けていいのか悩みつづけて6年。
それでも続けてこられたのは、きっと、ここでしか出会えなかったかた
がいっぱいいて、こんな私にもココロをひらいてくださり、遠く近く
つながったりできた、その大事なことのひとつ、ひとつ。

おんなじ時間のなかで、おんなじスキを共有して、笑ったり、泣いたり。
それぞれが日々のぐるぐるのところで、何かにからまって
どうにもできなくなって、ともすると自分自身を見失ってしまいそうな。
そういう今という時間を共有しているということ。

それは、たぶん奇跡のようなもので、一瞬のきらめきのような
不思議でかけがえのないものと思っている。

いまも自分の店なのに、あがりっぱなしで舞台にあがっているような。
そういうかんじで、いつまで続けていけるのかわからないけれど。
続けていく先に見える景色をタノシミにしている。

こんな店で、ちっぽけなところなのに気にかけてくださること。
ありきたりだけど、大事なものをたくさんいただいているということ。
いろいろに、ありがとうのきもちをこめて。

できれば、この先にみえる景色を一緒に見られたらよいなーと思っています。

6月16日

「ハリネズミ」のキューさまが我が家にきて1ヶ月。
家族中の愛を一身に受けているにもかかわらず、つれないまんま。

かわいくて、かわいくてたまらんのに、警戒心が強いのとトゲのせいで
猫とか犬のように気軽に抱っこしたり、なでたりできない・・・。
抱っこすると、お腹の毛は、やわらか~くてホワホワなのに。
この狂おしいような、もどかしいかんじ。
家族中がつれない女王様に尽くす下男のようになっている。

そんな「女王様」のような存在なのに、お城はチープな「衣装ケース」。
ちぎった新聞紙の床、寝床(←常にモグルところが必要)も段ボール。
巨大な「ハリネズミ用のまわしぐるま」以外は、いたって質素なつくり。
かぎりなく「ホームレス」な人の家に近いかんじ。

それでも、毎日お城?をせっせと掃除して機嫌をとって奉仕している。
これほど尽くしたことが、かつてわたしの人生にあったっけ?と思うくらい。

ただ・・・唯一、妥協できないことが。
もともとハリネズミは、カルシウムたっぷりの「昆虫」が主食らしい。
生コオロギや生ミミズなどが、と~っても好きらしい。
これだけは、もう、ぜったい無理無理無理。
ハリネズミフードとカルシウムを補うための「ヤギミルク」で育てている。
飼い主のエゴで至福?の虫味を知らぬ「女王様」にココロでスマヌと詫びつつ。

今回はムスメのスリッパに激しくかじりつき、そのあと中に入って
安心するキューさま。
基本がネズミではなくモグラなので、とにもかくにも無防備なときは
「もぐらないとっ」という本能が彼女にはあるようで。

店の「つれづれ」ではなく、今や完全に「ハリネズミ片思い日記」と
化していますが、たぶん、まだまだ続きます。

6月3日

タノシミにしていた「藤田真由美 展」無事におわりました。

ものすごく早く(朝の7時半!!)から、並んでくださったかたもいて
不手際も多く、昼まではゴチャゴチャとしてしまい買えないかたも
いらっしゃったり・・・いろいろとご迷惑をおかけいたしました。

1歳になったばかりのムスメさんのことと、藤田さんの体調が悪いこともあり
日帰りで大阪に帰られましたが、藤田さんのこだわっている色づかい
ワクワクするような、見たことがない刺し子のバッグたちが並んでいて
迷いに迷っていらっしゃるご様子やら、キラキラとした目で選んでいる
お客様をみていることが、とってもたのしくて、あっというまに
終わってしまった2日間でした。

買ってくださったかたも、買えなかったかたにも、藤田さんのつくる世界を
かんじてもらえたら。

藤田さんのご好意で、いくつかオーダーができなかったものも、数ヶ月後に
少しですが、いただけることに。
まだほんの少しだけ、店内にもバッグはございますので、ぜひ手にとって
その手仕事の細かいところまで、ゆっくりとご覧いただければ幸いです。

1点もののかたには、発送を終えました。
受注のかたのものは順番にできあがりましたら、お送りいたします。

お身体の具合が悪いなか、またお忙しいところ、いろいろの心労から?
すっかり痩せてしまわれて、ぱっちりオメメのまつげのところに白髪まで
できてしまっていた藤田さんにも、感謝のきもちでいっぱいです。
また、数年後をたのしみに。

ご来店くださったみなさまにも、こころから御礼もうしあげます。

試行錯誤しつつ、大変な思いで、ひとつひとつお一人で作られている藤田さんの
シアワセなきもちになる、どこにもないバッグたち。
ふだん使いとして、差し色としても、たのしんで使っていただければと願っています。

5月24日

その後、愛するハリネズミのキューさまは、すくすくと育っています。
夜行性のため、日中は99%寝つづけ、まったくおもしろくない。

だけれど我が家にきて2日目、へんなダニにくわれていることが判明し
ただいま通院中。
背中の針の間に、ぶすりと注射されるはめになり、わたしに連れられ
いやいや昼間に起こされている。
機嫌はむちゃくちゃ悪くて、しゅーしゅーと威嚇、栗のように丸まって
いるところを革手袋でむんずとつかまれ、抵抗むなしく病院へ。

ある日、革手袋からすべって、座っているわたしの太もも→ふくらはぎ
→床へキューさま転がりおちる。
いっ・・・痛いー!!!
栗が木のうえから落ちてきたような鋭い痛みが。
あとで見ると、落ちたところは針状に赤く点々と血がにじんでいた。

帰ってきた家族に「きゅーちゃん落として、ここ、みてーみてー痛いわぁ」と
いうと、とくに夫が「えーっ!!!大変じゃっ、かわいそうにっ、きゅーちゃん」
・・・オイオイ・・・。

こんなにも家族に愛されているキューさまですが通院と落下事件からか?
またまた人間不信、いまいち慣れぬように。
抱っこするには、なだめすかして、かなりの時間を必要とする。

どんなに好きでも、実らぬ恋のような。
せつない日々はつづく。

5月13日

先月から、はげしく恋をして、ココロ奪われていたもの。
それは「ハリネズミ」。
わたしにしては、悩んで悩んで、死ぬほど(←大げさ)かんがえまくった。
たいせつな命だし、飼うからには、ちゃんと育てる責任もある。
当然ながら死にむきあう覚悟も必要だし、病気やら世話やら、家族のことも
仕事のことも半端なのに、できるのか?とか。

あまりに私がウジャウジャいうているので、いまいち乗り気でなかった
家族も、しだいに洗脳されてくる。
どうも「ハハの日に」ということで、家族は考えてくれたよう。
というわけで「ハハの日」の前の日にハリネズミの赤ちゃんがやってきた。

今まで、動物には、たいして興味がなかったムスメたちも、ほおっておくと
何時間もジーッと見守っている。
片手にのるくらいのちいさいカラダに真っ白の針の山。
親バカ?といわれても、寝てても起きてても、ただかわいい。

おどろいたのは、いつも平常心の夫が「キュ~ちゃん~」とメロメロなこと。
はたで見ていると気持ち悪いくらいで、これも妻(わたし)とムスメたちに相手に
されなくなった中年のココロの闇よのぅ・・・と気の毒に思ったりする。

だけれどハリネズミというやつは、ものすごーく警戒心がつよく、てごわい。
抱っこさせてくれないし、手を差し伸べると、フーと威嚇して
針でズバズバと刺してくる(←当然痛い)。
最高に怒ると栗のように、まんまるになる。

3日目に、おそるおそる手の平にのって、なでられるようになった。
まだまだ赤ちゃんなので、いろいろ心配は多く、まいにちご飯を食べるか
元気でいるか、祈るような日々。

ちなみにハリネズミの命名権はわたしのもので、我が家にきたことを
忘れないよう「定額給付金」のキューちゃん、と安易に決まった。

4月15日

春がたのしみーといいつつ、ぽんやりとしているうちに、桜も散り
なんだか季節をすっとばして、夏のように暑い日々。

春ヤスミも終わって、ぼんやり疲れか、ムスメとわたしに口内炎が多発。
しかたなく?先日、大家族で春の恒例「イチゴ狩り」へ。
クルマで15分くらいの広大ないちご農園(ハウス)は平日のせい?か、誰もいない。
食べ放題、時間無制限といわれても、30分を過ぎるとお腹がイヨウに苦しくなる。
むかしなら、もっとたくさん食べ続けられたはずと思うと・・・クヤシイ。
帰りに顔を見ると、イチゴの表面にある茶色いひげ?が、口のまわりに
びっしりついていて、みんなへんな顔、手はイチゴ果汁で真っ赤だった。
翌日に口内炎は、みごと死滅した。

まったく関係ないけど、1ヶ月前から、パンづくりに凝りはじめ
ついに決心して「ホームベーカリー」を買った。
それから毎日、毎日、飽きもせず、多いときは日に2回もパンを焼いている。
あ、焼くのは、機械だけど。

猪突猛進の「亥」うまれのせいか、やりはじめると飽きるまで、ひたすら続ける。
毎朝パンの匂いで起きるのは、シアワセだなーと思っているけれど
さすがに家族は、あきれて、わたしに対する態度は、みな一様にツメタイ。

加えて、いま、また、ちがうものにココロが奪われている。
ともすると、ココロは乱れ、想ってみては「ハァ~」と、ため息。
はるか昔、まだ若かった頃、すきな人を思っていたような、そういうキモチ。

いつも、思い込んだら・・・的な考えをするので、ここは、ま、中年だし
まがりなりにもオトナだし、もうちょっと、じっくり考えてみようと思う。
ちなみに「人」ではないのだけれど。

3月11日

「アクツさんちのカタチ展」おわりました。

いまいちな天気のなか、遠い安曇野の森からクルマできてくださった
阿久津真希くんと、めぐみさん、ご夫婦。
お二人で、神戸やら四国をうろうろ。
無事に「nagi◎」さんまで帰られたとのこと。
ホッとしました。

まだ若くて男前(←死語?)の真希くんとは、仕事でおつきあいがあっても
今まであんまり話さなかった (互いに、ひどい人見知り)。
うー、緊張するなー、なんて、会う前からドキドキしたけれど。
まったく、そんな風もなく、めぐみさんとスタッフとともに、ゲラゲラ
笑って、たのしい時間を過ごしました。

阿久津家のみなさんが作るものは、布・木・陶器・金属・絵など。
どれもふだんづかいとして、ぴったりの飽きのこない、あたたかなものばかり。
その、いろいろなモノたちに囲まれて、スタッフと2人ウットリ。
個展中、ずっと、たのしい日々を過ごすことができました。
ほんとうにありがとうございました。

びっくりするくらい森の奥にある「nagi◎」さんも、冬休みを終えて
また、安曇野でお店を再開されたよう。
本当に、この世から、かけ離れたような、すばらしいところ。
そこで、ゆったりと生活を営み、製作、店をしている、あたたかな
阿久津家のみなさん。
ほんとうにありがとうございました。

というわけで、ココロおどる、たくさんの作品たちと
お客様に囲まれて、なんともタノシイ展示となりました。
ご来店くださったみなさまにも、こころから御礼もうしあげます。

肌寒くなったり、あったかくなったり、雨だったり。
それでも、大好きな春は、かくじつに、近づいています。

1月19日

あたらしい年になり、急なかんじで、さむい、さむい冬がやってきた。
毎年のことながら、さらに悪化するシモヤケのかゆみと戦うハハとムスメたち。
今年の誓いは、ズバリ「健康にすごす」。
新年の誓いにしては、さみしいけれど、そういう歳になったのだなと、つくづく思う。

年末から、夫の「脱メタボ対策」に夫婦ふたりで夜な夜な40分くらい歩いている。
出会った頃の夫(当時21歳)は、177cm、58キロで、細身なひとだった。
35歳くらいから、おもしろいように太っていき、今ではメタボなひとになった。

だいすきだった長い首、長い手足、ちいさいお尻、ちいさい顔、鎖骨のくぼみ。
すべてが、あとかたもなく肉にうもれてしまった。
悲しみのあまり、冷蔵庫に若かりし頃の夫の写真をはりつける。
ムスメたちは問う「これ誰~?」
夫は答える「おかあさんの昔のカレシよ・・・」

毎度の衣替えには「あれっ?このTシャツ縮んどる」などと、ありえない言い訳をして
じぶんが太ったことを、どうにか肯定しようとする夫。
どんなに、なじっても「歳とったけん、しゃーない(←仕方ない)」とひらきなおる。
バナナダイエットしろーと、これ見よがしにバナナを買い与えても効果はなし。
そんな夫をどうにか、なだめすかして、ふたりで運動することに。

ま、ひとのことをなじっても、わたし自身、ひどい運動不足。
ついていてほしいところの肉は落ち、ついてほしくないところに移動している。
田舎ゆえ、どこへ行くのもクルマだし、自転車にのることすら滅多になくて
たまに乗るとフラフラ~とするし、2日後くらいに太ももが筋肉痛をおこす。

あやしく変装しつつ、夜にどすどすと歩く中年夫婦。
歩いていると、意外と2人でいろいろなことを話す。
そんなふたりの時間も、あんがい、いいもんだな、と思ったりする。

しかし、さいきんの急な寒さで、心が折れて、ついに歩くことをやめてしまった。
そうすると、笑えるくらいの勢いで、ふたりとも体脂肪が増えていく・・・。
今日は久しぶりに、ちとぬくい日になりそう。
また、せっせと歩いて、いずれかっこよく走ってみせるのだと、あらためて誓う。
来年の今ごろには、細身なひと(←夫)が家にかえってくることを夢みている。