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12月31日

どうにか大掃除もおわり、あとは年越しそばを食べたら、また1年が終わる。
重くるしく寒い冬空だけれど、掃除の合間にオイシイお茶といただきものの
りんごパイを食べて、家族みんな揃って、ひと息。
掃除もずいぶんと上手になったムスメたち。
しみじみと大きくなり、うれしいのと寂しいと両方のかんじ。

10歳になる上のムスメは、来年にはわたしの身長を越すだろう。
この秋くらいから、めきめきと背がたかくなり、そのぶん心も育っているよう。
突然、イライラしたり甘えたり、こころの揺れが大きい。

彼女には、彼女の歳なりの悩みがあり、それを、うまく表現できないよう。
時間をかけて話を聞くと泣いたりしつつ、こころは落ち着くけれど
数日後には、また1人イライラをまき散らし、大人びた屁理屈をこねたー
かと思うと、こどもっぽく甘えたり、バラバラ。
わたしがこどもの頃よりも、世の中はずいぶんと複雑で
いろいろなモノがあふれ、カラダとこころの成長が早いのかもしれない。

わたしも15歳くらいから18歳くらいまで、訳もわからずイラついていた。
親や先生、友達と大げんかしたり、自転車で家出もした。
時はバブルの絶頂期だったけれど、いつもどこか苦しかった。
浮かれている世の中を冷めた目で見つつ、笑いながらも心は乾いていた。
何かをしたいのに何もない自分。
過剰な自意識が増殖し、イライラがつのるばかりだった。

幸いなことに、そういうグシャグシャななかでも、私には信じられる数少ない
オトナも先生もいて、こころから信頼できる友達がいた。
その出会いが、混沌とした中から、少しずつわたしの心をすくいあげてくれた。

年寄りなのに、いつも夢で胸がはりさけそうだったり、おかしいことは
おかしいとキッパリ戦うような、まっすぐな生き様のオトナを見たとき
こういうひとになりたいと思った。
私自身は、そういうオトナには、なれていないけれど、そんな出会いがあって
今のわたしは、ここにいる。

わかい頃には戻りたくないけれど、あんな風に、いろいろな事があったから
いちいち苦しんだり、必要以上に怒ったり傷つくことは、すくなくなって
生きていくのが、ちと楽になった。
まっすぐだった、こどもの頃のきもちは失ってしまったけれど。
いろいろな人、いろいろな考えがあり、それも、この世を織りなす一部と
怒りながらも思えるようになった。

閉塞感漂う、いまの時代に生きるこどもたちも、昔の時代にこどもだった人も
それぞれがいっぱい悩みながら、手探りで「今」という時代を共有している。
そのなかに差す光は、時代に関わらず、かならずどこかにあると思う。

1年後、コドモたちは、親に話をしてくれないかもしれないけれど。
悩んだ先に見えるものを、誰もがつかむチカラがあると信じている。

12月6日

12月にはいって間もない、まだ、あたたかな日。
実家の猫がごはんたべてない、と聞き、姉とふたりで病院へ。
そのときには、もう顔をあげられず、抱っこしても、じーっと寝ていた。
何本も注射されたときは、さすがに痛かったのか、よれよれの猫パンチを
くりだして、帰りはわたしの腕のなかでゆれる外の景色をみていたりした。

平成元年うまれで、この秋に20歳になった猫。
ニンゲンでいえば96歳だそうで、毎夏、食欲がなくなると、冬まで
もたんかな・・・と心配していたけれど、いつも秋になると、おそろしい食欲で
ごはんを食べたことすら忘れて、食事をねだる、元気な「痴呆猫」と化していた。

ペルシャ猫と雑種の子で、毛がほそくてフワフワ、からまりまくりの毛。
だいすきな食べ物は、バター・チーズ・シュークリーム・天ぷら。
おもいっきり洋風っぽいたべものが好き。
でも、むかし話でろうそくの油をなめる化け猫が、たしかにいたから
むかしから油ぶんの多いもの、猫はすきなのかもしれないと、へんに納得。

なんもたべないので、シュークリームをあげたら、わたしの指からなめていた。
それが、彼女の最後の1日になった。

2日間、だれにも会えないほど、姉と目をはらして泣きながら
彼女が大嫌いだったブラッシングをして、カラダをきれいにしてあげた。
そのちいさな、ちいさなカラダはきれいな骨になって、お墓のなかに。

ザリザリとしたピンク色の舌で、犬のように顔をなめる猫。
目の前の畑を走りまわり、実家の2階の屋根から飛び降りて毎夜のお散歩。
夏には、玄関前に「見よ」とばかりに、つかまえた蝉をズラリならべて得意顔。
そばでみかんを食べると、なんともイヤそうな、めいわくそうな顔をする。

本当にやんちゃな女の子だったけれど、さむい冬は、いつも一緒に寝て
ツライとき、彼女の毛に顔をうずめたら、そのときだけは、なにもかも
忘れられるような気がした。

世界でいちばんすきな猫だったのに、いなくなってしまった。

猫がねむる、近くのお寺さんのお墓に、母がつつんだバターをお供えすると
いつもやさしいお坊さんに、かなり笑われたけど。

わたしたちと猫が過ごした、たのしかった日々に、こころから感謝している。
すきなものをたくさん食べてね、と祈りを捧げる。
ほんとうに、だいすきだった。
一緒にいてくれてありがとうの声が、彼女に、いつも聞こえるように。

11月12日

先日、2回目になる「台所喫茶店」をさせていただきました。
あいにく1日中ふりつづける雨、この秋いちばんの寒さとなり
重要文化財でもある広瀬邸は火気厳禁、暖房なし、凍えるような
「2日間」となりました。

すこし前に、お客さんがこない・・・という悪夢をみていたとおり
去年と比べると、まあ、なんともゆったり、のんびりとした喫茶店に。
わたしの夢は「まさゆめ」になりました ←はじめて当たったかも。

そんな悪天候にもかかわらず、それでも300人近くのかたが
お茶と広瀬邸をたのしみに来てくださいました。

「ほんとにさむいけど、ゆっくりしていってくださいね」といいつつ
こんな寒さじゃゆっくりできんよなーと、ココロでおもったりしたけど。
みなさん、ほんとうにゆっくり、のんびりとお茶とお菓子とここの
雰囲気をたのしんでくださったのでした。

「わしは去年あそこらへんの席だったんよ。今年も珈琲のみにきたんよ」と
言うてくれた、おじいちゃん。
「ほんまに今日は冷えるねー、みんなのぶんはないけど・・・」と
言いつつ「貼るカイロ」をふたつもくれた、おばちゃん。
結婚が決まったーと、うれしい報告をしてくれた、お久しぶりのふたり。
お引っ越し後も「元気にしてるよ」と顔をみせてくれたかたがた。
お店をすることにした、赤ちゃんが産まれたよーなどと報告がてら
遠くから、近くから、ここにお茶をのみにきてくれた皆さん。

ほんとうに寒かったけれど、うれしい、たのしい「2日間」でした。
すべてのかたに感謝のきもちでいっぱいです。
ありがとうございました。

もときさんの入れる珈琲もお茶も、ほんとうにほんとうにおいしくて
暇なときは、なんかいも「またお茶入れてー」と言うて話したりできたこと。
広瀬邸のふるいところ、ボロいものと、おいしいものを好きでたまらない
そんな人たちが集まって、どうにか「台所喫茶店」は終わりをつげました。

来てくださったかた、手伝ってくださったかた、広瀬邸のかたがた
市長選当日のお忙しいなか、いろいろとお世話になった市役所のかたがたに
感謝のきもちをこめて。

また、いつかたくさんの、おいしい、うれしい顔にお会いできるのを
ここでタノシミにしています。

10月25日

以前から「サロンの着こなしのいろいろがまた見たい」というような
お言葉をありがたくも、たくさんいただいていて。
おもに、スタッフとわたしの日常のサロンを図々しくも。
サロンのことを、もっと、もっとたくさん、ふつうの衣服として
好きになってくれたら、うれしいなー思います。

サロン姿でうつっているスタッフは、サロンも店も、おなじくらい
好きでいてくれて、いつもニコニコと働いてくれる、たった1人の
うちの店のスタッフ(彩乃さん)。
彼女とわたしは高校の同級生で、たまたま入った会社の同僚でもある。

彼女なしでは、この店も、わたしも存続できないくらい
たいせつな、大きな存在。

彩乃さんは、ものすごい早口、天然ボケ、前向きで寛大、気配りのひと。
わたしのツライところ、暗いところ、ダメなところも、ササッとすくい
あげて、エイッと放り投げて楽にしてくれる、クスリのような。
その存在に癒されているのは、わたしだけではない。

「もう歳やけん、そろそろ定年退職かいねー?」なんて本人はいうけど
店があるかぎり、いつまでもいてほしいと、ほんきで思っている。
だいたい「定年」っていうても・・・わたしら同い年だし・・・。

ただ、唯一共通しているところは、物忘れがひどいこと。
ふたりで話していても、人の名前もモノの名前もスラスラでてこない。
「えーと、アレよ、アレ・・・なんだったっけ・・・」とか。
お客さんの名前を間違うのは、しばしば。
忘れ物、言い忘れは日常茶飯事。
わたしなどは、図書館で何回もおなじ本を借りる→半分くらい読んで
やっと「読んだことある・・・」と気づいて愕然となること、数限りなし。

はたして、こんなボケのはじまった2人は、どこに向かうのか
心配なのはそこだけ。
そういうわたしたちの日常着を見ていただけましたら幸いです。

10月7日

9月最後の日曜日は、朝からムスメたちの運動会。
その日の夕方からは「うちの店で結婚式を」と、ずっと前から
おっしゃってくださったお客様のだいじな だいじな「結婚式」。

会場(←というほど、大きくない店だけど)にしつらえるために、前日から
広島「ZAIKUCRAFT」岡田ご一行さまが、夜どおしの準備を。
当日は神戸から「aina」さんたちが、味も見た目もたしかなお料理と
お菓子をずらりともってきてくれた。

お婿さん、お嫁さん、ご家族、お友達だけの、ちいさな ちいさな
「人前式」が花いっぱいの店でたのしく。
うちの店なんだけど、生演奏あり、お花やオイシイたべもの
天使のようなお嫁さんが、ふわりふわりといて、幻想的なかんじ。
それはそれはこぢんまりと、簡素ながら、ココロのあたたまる
愛にあふれた、すばらしい結婚式になったのでした。

そのようすは、画像で、すこし。

今月は「地方祭」があるため、ヤスミ多し。
だけれど「サビサビ カレンダー」も近く限定販売いたします。

それから11月8日と9日は「台所喫茶店」が、また、あの場所に
2日間だけ、かえってきます。
徳島のもときさんが「ニンゲン珈琲マシーン」になって。
愛すべき仲間たちと古びた家具、おいしいお菓子とともに。

その いろいろなことは、また後日、くわしく。

9月22日

「安藤明子 サロン展」が無事に終わりました。
500枚以上のサロン、てぬぐい、こどものものなどが揃って。

初日は、いままでで一番アツイ戦いのような、バーゲン会場のような店と
化してしまい、買えなかったり、ゆっくりお話ができなかったり
ながくお待たせしてしまったり、いろいろと申し訳ございませんでした。

きてくださったかたも、わたしたちも汗がタラタラ流れるような
今年いちばんアツイ1日でした。

1週間後に新居浜まできてくだった明子さんとふきくん。
サロンがはじめて、というかたにも、子育て中のかたにも、毎日サロン
という上級のかたにも「なるほど」と思うような、あたらしい着付けの方法や
ちょっとした工夫など、明子さんが声をからしつつ、こころをこめて
たくさんお教えいただきました。

サロンは季節を問わず、誰でも自由に纏うことのできる1枚の平らな布です。
その布が、明子さんの手で魅力的に、さまざまに変わるさまは、いつ見ても
布を慈しみ、布の声をきいているような明子さんだから、できる手仕事です。

仕立てた洋服にカラダをあわせるのではなく、それぞれのカラダにあわせて
布をまとうサロンは、わたしもスタッフもまいにち愛をこめて、大切に
しまいこむことなく、着つづけています。

どんな人にも、その人なりの魅力を引きだす奥行きのあるサロンという衣服。
暑かったり、寒かったり、それぞれの人の生き方を纏うような、いろいろな着こなし。
その、いろいろは、また後日、掲載いたします。
どうぞ、おたのしみに。

明子さんが店で仕事をしてくださっているあいだ、夫とムスメたちの
「アイドル ふっくん」となって、おりこうさんで待ってくれた
「ふきくん」ともども、つぎは2010年の春に。

不手際もたくさんありましたが、遠くから、近くから、なんども足を運んで
くださったかたがたに、こころより御礼申し上げます。

8月23日

あつくるしい夏が終わり、夜はいつのまにか秋の気配がひたひたと。
なんとも切ない季節になってきた。

この夏ムスメたち、ついに「学童保育」を卒業して朝から晩までいる。
ずっと仕事をしてきたから、保育園→学童保育と、いままで夏休みは一緒に
いなかったのに、この夏は、もう、ずーっと、ずーっと一緒。

エアコン我慢で暑くてイライラ、ふたりの宿題をみて、さらにイライラ
近所のこどもたちが出たり入ったりで落ち着かず。
そういうワサワサした夏休みだったような。

だけれど考えてみると「夏休み」に一緒にいる時間というのは、一生のうちで
もう、あんまり長くはなくて、今がよいのだろうなー、とそれは、やっぱり
切なくそうおもう。

せめて夏休みをたのしめるように、こどもたちを連れて、新居浜市民プール
(今どき10円・駐車場タダ)に毎日でかけたり、水泳部だった、わたくしは
20年ぶりくらいに、ザバザバと泳いだり。
あとは、ずっとオリンピックをみていた。

もともとテレビは、ほとんど見なかったのに、家にいるこどもらのせいで
自然と見ることが多くなる。
しかも、オリンピックだし。
そうなると、いろいろなことが、ものすごく気になって、しようがない。
料理をしていても、歓声が聞こえると、なに?なに?なに?と落ち着かない。

だけれど我が家のテレビは「不必要」と思っていたので、ものすごく小さい。
迫力ゼロ、点数とか、細かい字が、いちいち見えない。
そのたびにテレビに近寄るか「今のなに?」と家族に聞かないと・・・。

そんなとき夫が横で「おぉ~迫力あるわ~!」というているので「ん?」と
思っていたら、わたしが持っている古~い「オペラグラス」でテレビ鑑賞・・・。
リビングの一室で、かわるがわる「オペラグラス」をのぞき、迫力満点の
オリンピック中継をみている、へんな家族になっていた。

そんなオリンピックも終わりに近づき、いまだテレビを買う予定はないけれど
しばらく、この「オペラグラス」はやめられそうにないかもー、と思った
そんなへんな夏も、もうすぐ終わる。

7月24日

1週間前、仕事から帰るとムスメたちから、あやしい歓迎ムードの出迎え。
彼女たちの視線をたどり、ふと電笠を見あげると、さなぎから出る途中の蝉が!!!
ヒ・ヒエー
「つかまえたんよー」と、得意満面のムスメたち。

家のなかで羽化していき、できたてほやほやの蝉が笠からぶらさがっている。
カラダがまだ白っぽくて、うすーい水色の羽。
かなり我慢すれば、まぁ・・・キレイ?なオブジェに見えぬこともない・・・。
夜遅くまで、こわごわ眺めていたら、時々ゆらりと動き、ゆっくりと羽が
かわき、ジワリと蝉らしくなってきた。
怖いので夜中に、そうっとベランダへ。
まだ飛べなかった蝉の赤ちゃんは、明け方、元気に飛んでいってしまった。

今日も明け方早くから、前の神社の蝉がワーワーとなきはじめる。
あのなかに、我が家の蝉(メスだったけど)がいるかも、と思うと、ちとうれしい。

それにしても気力の全てをうばうような暑い夏(毎年いうてるな・・・)がきた。
ゆらゆら揺れる陽炎のむこうに「氷」の文字がうかぶ。
あんこ嫌いの私が、夏だけは通いたくなる「甘味処」の旗。
かき氷のなかに、はいっている小さなシカクの餅もオイシイけれど
今年はジャバジャバと酢をいれて食べる「ところてん」にはまっている。
はまると、見るのもイヤになるほど食べつづけるのが常のわたし。
この夏はカラダが「ところてん」を無性に求めている。
暑さがおさまるころには、きっと、この熱も冷めているのだろう。
真冬の「ところてん」なんて考えるだけでイヤだし・・・。

ぼんやりとしていると、さっさと夏もおわる。
いまのうちに、夏だけの味を、たのしんでおこうと思う。
みなさん、よい夏を。

6月21日

むしむしと暑いこの時期、いつもおもいだすのは開店したときのこと。
この24日で、無事にまる5年をむかえることができます。
こんなふうな店で5年をむかえられることは、夢のなかのことのよう。
いつも支えてくださって、ほんとうにありがとうございます。

5年というのは、なんとなくキリがよいかんじで節目かな?とも思い
日頃、大したことはしていない店ですが、御礼のきもちをこめて
なにか記念になることを、と思っています。
くわしくは、のちほど。

雨空のせいか、なんとなくカラダがシャッキリしない。
こういうときこそ、傘の出番なのだー、というわけで1本しかないけれど
わたしの自慢のドウダー、ドウダー、というくらい、年季のはいった傘。

ずっと前、神戸で、ふと目について買ったアンティークの傘。
ふいに買い物をすることは滅多にないので、ドシャーンと心にきた傘なのです。
わたしにしては、高い買い物でしたが、タカラモノです。

タカラモノでも、1本しかもっていない傘なので、ふつうに使っていると
生地が古いだけに、やぶれてきたり、大雨のときはドッサリ雨が染みこみます。
でも、この先も、ぜったいに捨てることはない、だいじな傘。

あやしくボロい気合いのはいった?大事なやぶれ傘で、シャッキリしない
この時期をのりこえて。
今しか見られない、道々に咲くだいすきな紫陽花でもながめよう、と思う。

6月2日

ふだんから料理下手なわたしにも、食べるものの「こだわり」は一応ある。

いわゆる「だしの素」のようなものは、生まれて一度も使ったことがない。
出汁は、昆布と鰹節か煮干し。
実家でも「だしの素」や「味の素」は見たことがなかった。
だから調味料と出汁だけは、よいものを使うということが、唯一のこだわり。
それ以外は、実はあんまり気にしていない。

食品添加物とか、残留農薬とか考えると、安全なもの使うのにこしたことは
ないなぁと思うのだけれど。

15年前、わたしはNPO法人のとある「エコロジー」関係のスタッフだった。
そのとき、いろいろなことを知り過ぎて、ふつうのものが食べられなくなった。
結局のところ、こだわりがいき過ぎると
「自分のところだけは、まともなものを食べていればよい」というような
ことになり、生活も家族も、ギスギスして、ニコニコできなくなった。

一時期のいろいろ学んだなかから、うちは中庸の道をいこう、と決めた。
添加物たくさんの練り製品も、お菓子も、たまには「まぁ、いっか」。
元気があるときは「地産地消」で「旬」のものを、たくさん手づくり。
疲れて、どうしようもないときは「外食」。
みんなでニコニコ食べられたら、それでいいやーという具合に。

好き嫌いがたくさんのムスメたちは、よその「おから」は食べられないけれど
わたしがつくった「おから」だけは、食べてくれる。
出汁とごま油で、ちと、しっとりとした、うちの「おから」。

たいしたことができない母親だけれど、基本の味だけは、ちと、こだわって
ムスメたちに伝えたいなーなどと思ったりしている。

5月16日

ゆでたてのブロッコリーのように緑が青々と、日差しがまだやわらかい季節。
目の前の樹齢1000年のクスノキも、もりもりと元気がいっぱい。

だけれど、ミャンマーのサイクロン被害、四川大地震と世界の大きな災害が
あいついで伝えられて、重くるしいキモチになる。

比べようもないけれど、住み慣れた家も店も以前、ドボッと浸水したので
そのやるせなさは見ててつらく、もっと対策がはやければ、せめて、なくす命も
ここまで多くなかったろうと思うと腹立たしい。
台風は、事前に対策をこうじることが、少なくとも可能なのだから。

だけれど、地震は、全く予測不能。
できることは、家族との連絡手段、災害にあったときにあわてない最低限のモノと
心構えと、いつも思っている。

知っている人は知っているのだけれど、わたしはひどいパニック体質。
パニック映画をみても、一番に死ぬ人の姿は自分をみているよう。

なので「避難セット」は、つねに寝室に常備(家族四人分、非常に重い)。
まいにち、服を着て寝ている。
ここまでしていても、予告なしにやってくるだろう地震。
そのとき、どこで、どうしているのか、考えるだけでも不安でしようがない。

考えてもしようがないし、地震のとき家にいる、という補償はないけれど
いつかくるだろう地震に、後悔しないよう考えられる範囲で防災に
つとめたいと常日頃から思っている。

ときどき「今、大地震がきたら・・・」などと想像してみる。
お風呂に入って髪の毛を洗っているときなんかに、ふと
今、大地震がきたら、なんてことを考えてしまって「・・・どうしよう・・・」
と不安に思ってしまう私には「冷静な判断力」というのが、ほんとうは
一番必要なのかもしれない。

4月30日

「大村剛 陶展」が終わりました。
かわいくて、カリンとした大村さんの独特の色の器たち、たくさん。
足を運んでくださった方々、ほんとうにありがとうございました。

大村さんは、陶芸家の奥様(ひさよさん)とご一緒に。
おふたりは仲良しで、みていてサッパリと本当にきもちがよいご夫妻。
奥様とは、はじめてだったけれど、前から知り合いだったような。

日々、自分の欲しいものが増えていって、かわいくて、かっこいい器が
たくさん一度に並びました。
その様子は、画像でぜひご覧くださいませ。

個展のときにいくつか新しいものも増えましたので、そのうち更新したいと
思っています。

肌がつるんとしてて(←肌がキレイー!とへんなところで感心していた私とスタッフ)
若くて、端正な顔立ちなんだけれど、いつまでも少年のような、純粋なココロを
もっている大村さんの手からうまれる作品たち。
そのだいすきなかんじを手にとって、見ていただけましたら幸いです。

4月3日

だいすきなきもちのよい季節がやってきた。
目にもココロにもまぶしい緑と花と風。
花粉症のひとには、スマヌ、スマヌというキモチになるけれど。
洗濯ものがカラカラ乾くのも、布団が毎日干せるのも、ひたすらうれしい季節。

春のお花とお菓子の企画もたくさんの人に助けられて、無事におわりました。
オイシイお菓子も、花たちも、あっというまになくなって。
夕方頃には、なんだかよくわからぬ企画となってしまっていましたが。
心より御礼もうしあげます。

目にも、ココロにもおいしいモノは、いつも、だいすきな春に彩りをそえる。

ただ、わたし自身は、このところ、まったくココロの余裕がない日がつづき
いかんなーと反省しているところ。
なにをしても要領わるく、キッチリ予定をたてても、ギリギリまでうごけず。
そんな自分にキリキリする。
春休み中のこどもたちにも、夫にも、スマヌ、スマヌといいつづけ。

今日は、気分転換に山にのぼって、最近はまっているチーズケーキをやいた。
甘いものや自然のものは、かたくなったココロを溶かす魔法があるなーと
しみじみ思う。

みなさまにとって、光がふりそそぐような、すばらしい春になりますように。

3月12日

「キオクノカケラ」が夢のように終わり。
わざわざ足を運んでくださった方々に感謝のキモチでいっぱいです。
ほんとうにありがとうございました。

「antos」の小林さんと水田さんのつくる家具がものすごく好きで
こんなに遠い四国の店で彼らのつくるモノが集まってきてくれたことは
今でも夢のよう。

ボロボロのトラックで寝泊まりしながら、たくさんの家具を積んできてくれたこと。
みんなで夜中まで作業したこと。
1週間、四国を放浪している彼らと古物の仕入れに出かけたり
お客さんのところに配達にでかけたり、ご飯を食べたり、冗談をいうたり。

とても口数のすくない控えめな2人だけれど、すきなものについて話すとき
すきなものを見つけたときだけは、少年のようなキラキラした目で
いろいろなことを聞き慣れぬ「標準語で」話してくれました。

最後の日はトラックに、今後たくさんの作品のパーツになるだろう
ゴミのようなものを山ほど積み込んで、笑って東京に帰っていきました。

彼らが帰ったあともシアワセなカケラは、わたしの元にあり。
そんな記憶とともに、また2010年に。

終わってみたら、夜明けの夢のよう。
あっけなくて短いけど、いつまでも見ていたいような。

うっかりカメラを忘れたので、広島からかけつけてくれた岡田さんが
夕暮れの店内を撮影してくれました。ありがとうー。

2月29日

3月1日から、待ちに待った「antos」さんの企画展。
「キオクノカケラ」がはじまる。
長野より西の地域では、はじめての展示ということで、どんなふうになるか
まったく予想できず、不安とうれしいのとでドキドキする。

はじめて彼らのつくる家具、住まいをみたときの衝撃は忘れられない。
なんどもなんども見ては、ドキドキして、いつか絶対に、とつよく思った。
わたしにとっては、ずっと心のなかで思い続けた夢がかなう日でもある。

この冬の尋常ではない寒さにふるえながら、空の下、彼らが
心をこめてつくってくれた、とてもシアワセなモノたち。

彼らのつくるものは、こどもの頃に大切にしていたはずのタカラモノのよう。
おとなになって、あわただしくすぎていく日常のなかで
こぼれ落ちてしまった大切な記憶を、たぐりよせるように。
時を経ても、鮮やかに記憶の色をよびおこす。

手に取ったひとが、シアワセなキモチになるような
「キオクノカケラ」として、ずっと持っていたくなるような
そういうモノがたくさんならびます。
どうぞお楽しみください。

2月6日

このところ、まいにちイヤになるくらい寒い。
ただでさえ寒いのに、身もココロも凍りつくような出来事が。

上のムスメは長子ゆえ?ものすごーい甘え下手。
それでもハハ(←わたし)にだけは、とてつもなく寛容でやさしかった。

毎晩のように、ともに眠るムスメに問う。
「かあさん好き?」
「・・・うん・・・」
睡眠学習か?洗脳されているかのごとく、寝ながらこたえるケナゲなムスメ。

それなのに、このあいだの朝、彼女はとても機嫌がわるかった。
朝から挨拶も返事もしないで、ムスッとしている。
「どしたん?しんどいん?熱あるん?喉いたい?」
「・・・べつに・・・」
顔色をかえて、あわてふためく私のヨコで、夫と末娘のつめたい視線。

「かあさん、すき?きらい?」
「・・・どっちでもない・・・」
その瞬間、ココロが凍りつきました。
声もでず、うなだれる私に、夫がひとこと
「そっとしてやれよ、お前のそういうのがウザイんよ」

その日、1日、なんどか泣きそうになるくらい、ハハは落ち込みました。
帰ったら、ムスムはいつもと同じで「世界一すきよ」というてくれたけど。
「今日は1日、死ぬほど悲しかった」というと、また夫から
「どれだけ繊細なんよ・・・」とあきれられた。

だけれど、わたしにとっては、青天の霹靂。
とても寒い日のココロが凍りつくような出来事なのでした。

ムスメ9歳、ついに反抗期のはじまりなのかも。

1月21日

今日は「大寒」という、いちばん寒い日らしい。

きのうから、このへんではありえないくらい、雪がふって積もった。
街のなかは、ふしぎなくらい凛とした空気につつまれている。
ときどき、ボサッとむかいの神社の大木から雪がおちる、にぶい音。
どこをみても白と灰色で、すっぽりと雪をかぶっている。
わたしの記憶のなかでは、小学生のときにつくった「カマクラ」以来。

コドモたちは、雪合戦やら雪だるまづくり、子犬みたいにはしゃいでいる。
ビショビショになっても、シモヤケになっても。
様子をみていたら、電線から雪がカタマリでアタマに落ちてきた。

家のあたりは積雪10cm、山のほうは30cmくらいらしい。
店の前は積雪5cmだったけど、今日は休業。

音も色もない街は、現実ではない、どこか別のところのようで
夢のなかのように、ちがって見えた。

1月17日

年末年始とクルシンダ歯は通院もおわり、今は、すっかりタノシイ気分。
いろいろとご心配をおかけしました。

歯がなおったら、タノシイきもちになり、料理とお菓子づくりを延々と。
3年くらい前にもいうたけれど、わたしは偏食がち。
掃除がだいすきで、台所が汚れるのがツラクて料理は苦手、外食好き。
素うどんだけでも外食だったら、ウキウキする、ということをかいたような。
だけれど、さすがに歳なのか、外食にもやや疲れはじめ、なにより下のムスメが
ありえないことに「うどん嫌い」。

ここ1年くらいは、もっぱらマジメに苦手な家庭料理をがんばっています。
幸い?夫は何をつくっても「オイシイ」というヒト。
夫が「オイシクナイ」というものは、凡人には食べられない代物のハズ。
ただ、我が家の業務用デカコンロの火は、料理下手のわたしの手にあまる。
いろんなものに焦げをつくっては、日々修行。

このあいだ「むかし母親がつくってくれたオヤツ」という話題でもりあがり
とうとつにお菓子づくりに燃えています。
ま、燃え尽きるのも、はやいのだけれど。

クレープ(焦げ、破れあり)、パンケーキ(焦げつき)、ドーナツをつくる。
ドーナツを作ることになって、あっ型がない・・・と気づいたけど
気を取りなおして、ムスメたちとクッキー型で試しにぬいてみる。
揚げた姿(写真のは羊です!)は、なにやらわからんカタチばかり。
単純に手でまるめたカタチが、ドーナツに一番向いているということが
よーくわかりました。
あっ、お正月に残った「きなこ」をつけたドーナツは、すごーくおいしかった。

終業?の日々のつらくて?オイシイ出来事。
決して人様にはあげられぬものばかりだけど、家族みんなで完食しました。

1月3日

ちと、おそくなりましたが、あけましておめでとうございます。
ことしも、ぼちぼちとやっていきますので、どうぞよろしくおねがいいたします。

店も家も大掃除三昧の年末は、いつもあたらしい年を思って、そわそわとしてしまうけど、
なんだかうれしい。
あー、いそがしいー!といいつつも、ハッキリとうれしい。
あたらしい年というのは、いつも、なんだか神聖なかんじで、あたらしいキモチとか
希望をもらえる気がする。

が、今回は年末から、なんか違っていた。

まず、30日に、包丁の柄が折れた。
前から、包丁研ぎのおっちゃんに「そろそろ、柄は変えたほうがええ?」と尋ねても
「まだええよー」とおっちゃんは言うていた。
それなのに、30日に、ポッキリ・・・。

我が家の台所には、12年ものの「土佐刃物」の包丁、1本のみしかない。
年末ゆえ、おおあわてで、絶賛されている某有名包丁を買いに走る。
が、わたしの手のサイズにあわぬ。
キレは確かによいけれど、リンゴなど球形のものは、右親指の腹の皮がおそろしくきれる。

おちこんでいるあいだに、こんどはこの冬に完治したばかりの歯が、どんどんと
おそろしく痛く、しだいに、ふるえるほど痛くなってきた。
大晦日の夜もお正月のあいだも、歯がいたすぎて、まともにねむれない。
もちろん、ごちそうを前にしても食べられぬ。

なにを考えていても、すべては「歯・・・いたい・・・」にたどりつく。
激痛と寝不足ゆえ、日ごと5歳は年とっていくような、あやしい顔つきに。
もう鏡をみるのもこわいような・・・。

なんとも・・・ながくてつらい「刃と歯」に泣いたお正月休みでした。
ま、あと1日ありますが・・・。
4日、まずは、誰よりもはやく歯医者にいくことが、最大の目標。

いまさらですが、健康は大事です。
よい1年になりますように。