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12月21日

もうすぐ クリスマス。
店も家のなかも、クリスマスらしさのカケラもないけれど、いつものこと。

ムスメたちは「クリスマス」を心から、タノシミにしている。
「なんでピカピカ光るものとか、うちにはないの?」などと言う。
夫が「うちは仏教やけんね・・・」なんて、適当なことをいうている。

小学生のあいだは、ずっと「サンタクロース」の存在を信じていた。
サンタさんを待っていても、待ちきれず、いつも眠ってしまっていた。
かたや夫は「うちには、一度もきたことがない」らしい・・・。

うちのムスメたち、いまのところ「サンタさんは絶対にいる」と信じている。
だいぶん前から、ソロリと調査開始、準備万端。

上のムスメは、去年が「世界一おいしいリンゴ」で、今年は「将棋」。
我が子ながら、かなり変だ。
下のムスメは、毎年「ぬいぐるみ」で、今年は「のねずみ」。

というわけで、おいしいリンゴとケーセン社の「子ヤギ」のぬいぐるみの画像。
ただし、これは両方とも夫がくれた、わたしのもの。
じつは、いまだにサンタさんからもらった「ぬいぐるみ」だけは捨てられない。
何年もだっこして、ともに寝て、うれしかったキモチが、そこにあるから。

ムスメたちは、オトナになっても覚えていてくれるかなー?と思いつつ。
よいクリスマスを。



12月5日

気がつけば、12月。
光陰矢の如し。
だいきらいな冬がきた。

ちと外にでると鼻先が真っ赤になって
(この体質のせいで、小さい頃♪真っ赤なお鼻の~♪と、歌われた・・・)
気づかぬうちに鼻水タラタラ。
足はしもやけ、手はガサガサ。
ついでにココロの中も、落ちた葉っぱをふんだ音のよう。

そんな重くるしい冬に遠くから、うれしくなる「おくりもの」が届いた。

わたしのだいすきな「素うどん」にどうぞ、と、七味。

うれしいー。
ものすごく香りがよくて、色もあかるめで、いろんなモノが入った、やわらかな味。
いただいた七味は、なんと、おばあちゃんの手作りなのだそう。
たべたあとには、ほかほかとカラダもあたたまって、なんともやさしい味。

それから長野から届いた、りんご。
低農薬、有機肥料でつくられたという、なんとも、ぶさいくなカタチ。
ここらの店先では、まず見ることができないような、傷や虫食い穴あり。
パカッと割ると、どれも宝石のようにすきとおった、たっぷりの蜜いり。
いままで食べたことのないような、ゆたかな味のりんご。
酸味も甘みも、まるでちがうような。

どちらも、大事に大事にいただきます。
いつものみかんだらけの冬に、なんだかココロあたたまる
なんともうれしい、遠くからの「おくりもの」

11月25日

だいすきな松下さんと、たくさん笑って、たくさん話して、たのしかった
「クウプノオト の ウール」展がおわりました。

思いがけず、初日で完売したため、遠くからきてくださったのに
なんにも買えなかったかたもいて、ほんとうに申し訳なく思っています。
松下さんが、たった1人でなにもかもしているので、チカラいっぱい
これ以上は無理!というくらい、がんばってつくってもらったものです。
どうか、おゆるしください。

作品たちは、どれもすごくよいーと思うものばかり。
同じものは1つもなくて、そのぜんぶが違うもの。
もってきてくれた羊のほわほわの原毛を見せてもらったり。
紡いだ糸のはかないかんじを見せてもらったり。
そのほそーい毛の糸から布ができているということ。
気の遠くなるような手間をきいて、ビックリしているかたもたくさんいました。

手紡ぎ手織りのあたたかな布のもつ、素朴なかんじ。
ガラーンとした店内に、すきなかんじのものがたくさんで、ほんとうに
たのしくて、あっというまの企画展でした。
きてくださったかたがた、ほんとうにありがとうございました。
手にしてくださったもの、ながく冬のお供にしていただければと願っています。

そんなすごい作品をつくる松下さん。
どこでも「これは、なに?」「あれは、なに?」を連発して、なんでも珍しがって
年甲斐もなく(失礼!)落ち着きなく、キョロキョロ外をながめていたりして
長野と愛媛は違うのだなー、遠いなー、なんて改めて思って、たのしかったです。
遠くから、ほんとうにお疲れさまでした。
3年後の冬に、また。

11月15日

「クウプノオト の ウール」展の準備。
店のなかかは、まだからっぽでシンとした空気。

春から秋まで、ずーっとウールにまみれて、松下さんがつくってくれたものたち。

糸を紡いで、布を織って、いちばんよいカタチになるように、しあげる。
ひたすら地味でながくつづく手仕事の日々。
それを松下さんは、歌をうたうように、笑いながら、つくってしまう。

それから、ときどき昼寝。

松下さんとは、なんでも話す。
うれしいとき、泣きたくなったとき、ずっと話をきいてくれる。
その声をきくと、ものすごーく、おだやかなキモチになる。

まっすぐで、おおらかで、つよくて弱音をはかない。
よじれたところが、まるでない松下さんに、いつもいつも助けられている。

松下さんの手によってつくられたモノは、あたたかくて
おおらかで、彼女のまんま。
軽やかに、ふんわりとココロをあたたかく包みこむ。
きっと、どんな人にも。

そんな、だいすきな松下さんのはじめての企画展。
あたたかいかんじをお伝えできたら、シアワセに思います。

10月31日

1年前から企画した、たった2日間の「台所喫茶店」。
ようやくカタチになり、夢のようにおわりをつげました。

前日の家具搬入日は、なんと大雨・洪水・雷警報がでる大荒れの天気。
その引っ越しのような大荷物を搬入する作業で、すでにカラダの半分を
切り落としたいくらいの疲れがドサリ。

天井からの雨漏り、壁のやぶれ、苔むした床に滑り、古い匂いにめげそうになり。
重要文化財ということで、火気厳禁(IH使用)、釘1本打ってもダメという制限のなかで
どこまでできるのか、はじめから不安だらけ。

なのに、2日間で、450人以上のかたが喫茶店にきてくれました。
なかには1時間以上も待って、喫茶店にはいってくださったかたも。

ひたすら珈琲を煎れつづけた「グリグリ」元木さんほか、手伝ってくれた
みんなにも、感謝のキモチでいっぱいです。

すごくしんどかったし、お待ちいただいているかたに「おそい」とお叱りをうけたり
いろいろありましたが、終わってみると、幻のように、夢のように終わって
あまりにも、あっけなく、あとかたもなく「喫茶店」は消えてしまいました。

ちょうど片付けているときに、きてくださった地元のおじいさんが
「なんぞ終わったんか?たのしみにしとったのに。来週もするんか?」と聞かれ
「市制70周年企画の2日間限りだったので、つぎは10年後?だと思いますー」
というと「わしが生きとるあいだに、また、してくれやー」といわれ。
ホロリ、とするような、うれしいキモチに。

もうごめんだーというくらい、疲れて、へこんだ出来事もあったけれど
今は、ここで、またやりたい、と惜しむキモチだけ。

こんなすばらしい空間を提供してくださった市のかたがた、それから、あらためて
協力してくださったかたがた、長く待ってお茶をのみに来てくださったかたがたに
ありがとうのキモチでいっぱいです。

また、いつか、機会があることを願って。

10月20日

すこしずつ、すこしずつ、秋もふかまり、朝晩はキリリとした空気が流れる。
秋はきらいな冬にむかうので、いつも、しみじみかなしく思う。

10月最後の週末には「市制70周年記念企画」ということで、国の重要文化財
「広瀬歴史記念館」のふるくて広い料理場をつかわせもらって「台所喫茶店」を
気心のしれた人たちと、させていただけることになりました。

かつては活気をみせていた広瀬邸もその主を失い、いまは繁栄したようすだけが
さびれた古さをともなって、ずっと、ここに佇んでいる。
動乱の明治を生きた主は、どんなふうな近代を夢見ていたのだろう。
今の世界をどんなふうに憂いてみているのか、その内なる声も今は聞こえず。

乾いたカサカサとした足下の先に続く道があり、古びた建物の色合いが
すこしずつ、すこしずつ、さびれながら深い緑のなかに色濃くのこる。

晴れた日には、二階から新居浜市内と瀬戸内海が一望でき、その広大な庭を散策する
ことができます。
明治の建物からその様子をみていると、かつての主がみていただろう景色と重なって
すこしだけ、近代産業に思いをはせていたようすを感じ取れるようなしつらいです。

かつては、たくさんのお手伝いさんがいそがしく立ち働いていただろう料理場で
現代を生きるわたしたちが、喫茶店を開催いたします。
はじめての試みで、たくさんのかたのご協力もあり、いつも追い込まれないと
腰をあげない私も、ついにアワアワと動き出しました。

慣れぬものばかりの「台所喫茶店」ですが、喫茶とあわせて
この地で、明治の時代にあざやかに色をはなったその風景を切り取って
なにかを心にとめてもらえば幸いです。

9月15日

あついー、あついーというてた夏もおわり。
朝早くから、うるさく鳴きつづけていた蝉の声も、だんだん聞こえなくなり。
悲鳴のように、きりさくような声で、ときどき、ベランダにポトリと蝉が落ちる。
こわごわ近づくと、お腹のところを上にして、蝉は、ただ、その死を待つだけ。

あつかった夏は、いつもこんなふうな苦痛をともなって、やがて沈黙してしまう。

蝉も夏も、好きではないのだけれど
狂乱の祭りの後のような、いちばん切ない季節と、いつも思う。

こんなふうに夏もおわり、とくに夏バテというわけではないけれど
なんとなくの不調がつづき、ただ、ダラリとして過ごす。
季節がかわるというのに、手につかぬことばかり。

とはいうものの「台所喫茶店」の準備にようやく、腰をあげはじめ。
来年の「サビサビ カレンダー」も作りました。
前より、見やすいように大きくなり。
もうすこししたら、hpにて販売予定です。

乞うご期待! ←この終わり方は前とおんなじ・・かなり、へん・・・。

8月17日

あつい、あつい夏です。
ここのところ、ずーっと具合がわるくて、まったく更新も返信もできず
ヨレヨレと過ごして、ふと見上げると、空がちと高くなっているよう。

とはいえ、まだまだ残暑キビシク、おもくるしい気分とカラダのまま・・・。
こういうダラダラとした日々をながく過ごすということは、どこか、きっと
悪いのだろうと思って、ただひたすら、寝ています。

というわけで、返信がものすごく遅くなっています。
すこしずつ、カラダの芯が起きてきそうな気配があるので、がんばらないよう
ボチボチとやっていっております。
いろいろと、ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。

画像のもの。
5月の松本で偶然飲んだりんごジュースのオイシサが忘れられず、なんどか
注文したり、あげたりした福島の「あんざい果樹園」さんのりんごジュース。
命の水!のように、清いかんじの味と色、いさぎよい見た目。
いままでのんだ、どのりんごジュースより、わたしはすきな味。

もう、ジュースはあんまりないそうなので、先日はじめて、うまれたての桃を
送ってもらいました。
そのオイシサは、とくべつで、もう今年は桃は食べん!と決意してしまったほど。
また来年、この桃を味わうために、がんばろー、と思えるような見事な味。
機会があれば、ぜひ。

この「りんごジュース」は、企画を担当させていただいた新居浜市制70周年
記念行事、重要文化財「旧廣瀬邸」内2日間限定喫茶「台所喫茶店」にて
徳島のもときさんたちとの企画に登場予定。

乞うご期待!

7月4日

先日、三谷さんの個展もおわり、店内も、ようやく、いつもどおりに。
わざわざ、足を運んでくださったかたがたに、ふかく御礼申し上げます。

おおきな個展は2度目で、あいかわらず、要領わるく、店内入替えにドタバタ。
今回は、店内の空間をふたつに仕切って、巡回展のモノと木の器たちを。
木のかおりが、いっぱいなのも、店にいると妙にうれしくて
むしむしとした夏の空の下、木陰にはいっているような気分。

いつも会うたびに、ものすごく緊張する三谷さんと、2日間くらい、ともにいると
緊張感のカケラもなくなり・・・←わたしがすごい人見知りなので、慣れるのに
そうとう時間がかかる・・・
それは、それで、個展のうれしいオマケのようなかんじ。

げらげら笑って、バカな話もたくさんしたのだけれど、ふと
「三谷さんがこの先・・・縁起でもないけど、病気になったり、死んでしまったら
作品たちは、どうなるのですか?」と、ものすごーく失礼なことをたずねると
三谷さんは、ほんとうに自然なかんじで、さらりと
「もちろん、僕のモノはその先でつくれなくなるよね・・・。
だけど僕が死んで、この世からいなくなってしまっても、モノはのこるんだよ。
だから、それでよいんだよ」と、ふつうに、おっしゃっていました。

そのあまりに、サラリと流れるような言葉をきいた瞬間、息がとまるくらい
「終わってしまったら、ものすごく悲しい」と、ただ、ただ、思ってしまった。

人は、この世にうまれおちて、いろんなものに押しつぶされそうになりながら
なにかをひたすら求めて、きっと、それぞれのきめられた寿命を生きていく。

だけど三谷さんの、なんだか自然の流れのなかで、さからうことなく生きていっている
やさしい言葉のなかから、あふれだすような生命力のような、キラキラしたものが
輪郭をもって、ハッキリと感じられて・・・。
そうでありたい、とわたしもシミジミ思ったのでした。

木のものとか、本たちをうみだしてきた、三谷さんのおおきな手がなくなっても
モノたちはずっとその先も残っていって。
それは、すごくシアワセなこと。

使い手としても、売り手としても、そのことをしっかりうけとめて
ずっと大事にしていこう、と思った個展の終わりでした。

6月22日

24日の日曜日、開店して、まる4年をむかえることとなりました。

だいすきな三谷さんの個展を同時に開催できることも、うれしい記念になり
無事にむかえられること、こころから感謝しています。

石のうえにも3年というけれど、あっというまに4年が過ぎ、こんな田舎の店を
ちかくから、遠くから、支えてくださったかたがたに、感謝のきもちで、いっぱいです。

店をしていなかったら、出会うこともなかった方たちと、ご縁があり
こうして続けられること、奇跡のようなかんじで、うれしく思っています。

これからも、末長く、どうぞよろしくお願い致します。

三谷さんの巡回展作品と、木の器が、ビックリするくらい、たくさん届いています。
こんなにたくさんの器を、いっぺんに見たことがないくらい、本当にたくさん。
梱包をときつつ、自分の物欲と戦うのにも、ひりひりと苦しんでいます。

それから、個展と同時に、4周年の御礼の品(←数にかぎりあり)もご用意しています。
木のにおいでいっぱいの店内に、お越しいただければ、シアワセに思います。

メールでお問い合わせくださっているかたには、2週間以上、お待たせしているかたもいて・・・。
ほんとうに申し訳ございません。
たった1人のスタッフと2人、準備でドタバタとしていましたので
たいへん申し訳ないのですが、もうしばらくお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。

4年をむかえられることのヨロコビを味わいつつ・・・御礼申し上げます。

5月20日

このあいだの15日「伊丹十三記念館」が松山に開館しました。
できあがるのを、ものすごーくタノシミにしていたので、朝早く、いそいそとでかけて
前から15番目くらいに並びました。

開館日の15日は、伊丹さんの誕生日で、火曜日の平日、ぬけるような晴れ。
奥様の宮本信子さんと、あこがれの中村好文さんもいらっしゃいました。
ピッカリとした青空に、まっくろいシンプルな建物と、ひかえめな緑のあおあおとした
かんじが目にまぶしいかんじ。

伊丹さんのことに興味をもったのは、じつは三谷さん、中村さんの文章から。
だから、それまでは、愛媛のCMにでていた映画監督で、急逝した人、という印象のみ。
あんまり興味がなかったのです。

映画より本がすきなので、まずは伊丹さんの本を片っ端から読んでいきました。
今読むと、あのモノがない時代に、ものすごく抜きん出て、格好のよい人なのでした。
文章、音楽、絵、料理、俳優、監督などなど、とにかく多才だった伊丹十三さん。
館内に展示されている幼少時代の絵や文からも、その驚くような天性の才能がうかがえます。

あらゆる分野で、つねに努力して、いろいろな顔をもった、メチャクチャ格好のよい
おじさんだったのでした。

何時間でもいられるような、きもちのよい空間のなかで過ごせたことは、近くにいるものとして
みんなに大声で自慢したいくらい、シアワセなことでした。

だけれど、同時に「伊丹十三」という人の不在をつよく感じて、強烈に悲しくなりました。
なんども気さくに話しかけてくださる、宮本さんの笑顔のすみずみに、失った10年の
月日が、まだ、どれだけも過ぎていないということ、しみじみと感じられたのです。

すばらしい空間のなか、まぶしいくらいの初夏の空の下で、悲しい気持ちとの対比が
よけいにクッキリと浮かびあがるのです。

強烈な個性をもった大事な人を、今の時代に失ってしまった、わたしたち。
機会がありましたら、ぜひ一度は、訪れてみてください。

5月9日

サロン画像の第2弾。
また見たいという、うれしいお声を、本当にたくさんいただきました。
お客様さんと、わたしとスタッフと、すこしだけムスメたちのサロン姿を。

こども用サロンもありますが、うちのムスメたちは、私のサロンを
適当な長さに折って、着せています ←葉っぱが写っているのがムスメたち。

おとなもコドモも妊婦さんも、老いも若きも、働く人も、そうでない人も
着ることができるなんて、やっぱり、すごいです。サロンは。

明子さんが、ほんとうに何年もかかって、このカタチを完成させたものです。
はじめは、バカらしい衣服を着ている、などといわれたそうです。

だけれど、すばらしい衣服は、それをよい思うひとが少しずつ増えてきて
みなさん、いろいろなふうに取り入れて着こなしてくださって、平面の布に
生き生きとココロとカラダを包んで、なによりたのしんでくださっています。

そのお手伝いをできるのは、わたしにとって、ほんとうにうれしいこと。
ジャブジャプ洗って、毎日身につけても、まったく飽きない衣服なんて
ハヤリスタリの激しい洋服の世界では、そうそうないもの。

むかしから、生活用品とともに、洋服もだいすきだったれど、サロンを着てからは
これ以上の衣服はないと、わたしはそんなふうに思って、とても大事に思っています。

4月25日

ひさしぶりの更新となりましたが、それなりに元気です。

春は、サヨナラする人もいて、だいすきな季節なのに、歳をとるごとに
だんだんと切ない季節になっていくような気がします。

最近になって気がついたこと。
わたしは、数字に、ひどく弱いということ。
もともと、算数はともかく、数学が大の苦手だった。

そのせいか、ただでさえ細っている脳みそのなかの、とくに数字のところの記憶が
どんどんと消えていくような気がする。

人の誕生日も全く覚えられないし、主人の予定を何度聞いても、その日が記憶できない。
突然のように「今日は、遅くなる呑み会だから」といわれると「えっ・・・」と
ご飯をいそいそと作ろうとしている気分が、ものすごくそがれ、予定がくるい、腹がたつ。
「前にいうた」といわれても、わたしのなかでは、全く記憶にない。
そのことでは、もう何回もけんかした。

住んでいるマンションの暗証番号は、必死で覚えた。←でないと入れない・・・。
だけど、2年たった今でも郵便受けの暗証番号は覚えられず、新聞と郵便物は
こどもが帰ってくるときまで、チラリとみることすらできない・・・。

口座の暗証番号も、ネットショップでなにか買い物をしたときの会員のような
パスワードも、しばしば忘れてしまって、困ること多数。
どうしたらよいのか、ダレか、おしえてください。

あと数字には、まったく関係ないけれど、買い物にいっても、店にはいった瞬間
自分がなにを買いにきたのか、しばしば忘れます。

というわけで、わたしには、先の予定も、書いていないことは「ナイ」ことになります。
薄情だと思われているかもしれないけど、そういうわけで、どうか許してくださいね。

なんか、嘘っぽい言い訳みたいなノートになりました。
今日は、ひさしぶりにキモチのよい晴れた春の日です。

3月22日

サロンのこと。
サロンは、明子さんがきているのをみて、一気に、ドドドッと大好きになって
それから、ずーっと、わたしにとっての「日常着」になった。

いまもっているサロン以外のものは、スカート2枚、パンツ2本のみ。
あとは、サロンだけ。

毎日、毎日、組み合わせをかえても、このサロン、ほんとうに、まったく飽きない。
丈も重ねかたも、自由にかえられるし、太っても痩せても、着られる。
タンスの一段にすべてがおさまって、あまりあるところも、すきなところ。

あらたに、色鮮やかな「重ねサロン」が加わって、さらにたのしみが増えた。
個展のときは、あまりに、いっぱい、いっぱいで、サロンの写真は
ぜんぜん撮れなかったので、そのあと、着てきてくれたお客さんのサロン姿や
わたしとスタッフのサロンの着方を、いくつか撮ってみた。

いまサロンを着てくれているかたや、これから着たい、と思ってくれているかたの
参考になれば、うれしいです。

これ以外にも、たくさんの着方、色の組み合わせ、パンツなんかもあるので
第2弾?サロン画像、また、いつか掲載したいと思っています。

「サロン」ってよいなーと思って、楽しんでみてくれれば、うれしく思います。

3月5日

はじめての大がかりな個展「百草 暮らしのカタチ」がおわった。

なれないせいで、準備のときから、ノロノロと、はかどらず連日フラフラ。
2時間睡眠でむかえた個展当日は、店をはじめた日のような、
なんだかシーンとした、あらたまったようなキモチになった。

いつもとまったく違う空気の店内。
たくさんの、だいすきな器とサロン、道具たち。

びっくりするほど、おおくのかたにきていただいた。
あまりにすごいことになり、何が何やらわからないうちに、一滴の水も飲まずに
初日は、ほんとうにあっという間におわった。

明子さんの着付けの時間も、ハッと気づくと、とっくに過ぎていて、
たのしみにしてくださったかたには、ほんとうに申し訳ないキモチでいっぱいです。
そんな不手際があり、ながくお待たせしてしまったにもかかわらず、みなさん終始
気長にしんぼうしてくださったこと。
ほんとうに、ほんとうに、ごめんなさい。
それから、ありがとうございました。

学ぶことが多く、反省することも多かった個展だったけれども、わたし自身
ものすごくたのしいキモチで、終えることができました。

たくさんのかたがたの、うれしい、とか、たのしい、という笑顔を
みられたことも、すごく励みになりました。

安藤さんご夫妻とともに、場をなごませてくださった、もうすぐ3歳のふきくん。
辛抱づよく手伝ってくださったスタッフ、たくさんのお土産をもってきて
くださったかたがた、期間中、名残おしむように何回もきてくださったかたたち。
感謝のきもちでいっぱいです。

すごくしんどくて、ときどきカラダもつらかったのだけど、やりとげたーという
きもちを、いまはココロから、かんじています。
ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。

2月17日

おとといの朝の空。
まだあけきらない空の色、さみしそうに小さくひかる月。
朝がくると、ほんきでホッとする。

心がよじれてから、ずっと悪夢ばかりみている。
今年の初夢は、なんと自殺する夢だった。
よいかんじの夢をみなくなって、もう半年くらい。

目がさめて、夢だったと気づく朝が、ただ、うれしい。
キッパリ起きて、ひとつでもよいことがあると、その夢は帳消しになるから。

前は、どんな夢をみていたのか、もう思い出せない。

それでも、日々は確実に流れて、すこしずつ笑えるようになり
たのしいと思うことがあり、かなしいと思うこともあり。
毎日、あたりまえに朝がきて、季節がすぎていく。

いつか、いやな夢をみない日がくるとよいなー、と思う。

よくわからない不安をいただきつつ、この曖昧な冬がおわる。
だいすきな春は、もうすぐ。

1月26日

ここ最近で、納豆ブームは、終わってしまったよう。
このあいだ「納豆ダイエット」の話をお客さんからきいたときは、正直、へえー
というだけの感じだった。

そのあと、スーパーにいったら、ここらへんのスーパーでも納豆がなくなってしまった。
もともと納豆好きの我が家としては、かなりショック。
ナイと思うと、よけいに食べたくなるから、始末がわるい。

ちいさい頃から「おやつ」として、食べてきた納豆。
たんに市販のお菓子も、スーパーも、近くにない時代だったからなんだけど。

うちの娘たちも、離乳食として何度もたべさせたし、熱がでると、かならず
うなされつつも、「納豆ごはん食べたい」と言うくらい好きなのだ。
熱のときの豆は、ちと消化にわるいから、違うものは?というても
「納豆・・・」というくらい。

ブームが、へんなカタチで終わってしまって、ある意味、ホッとしたけど
納豆好きとしては、なんだか、あまりにあっけなく、せつないかんじ。

1人のお昼ごはんは、毎日、納豆ごはん。←ここ半年くらいマイブーム。
たまに卵をかけて食べたりもする。
熱々ごはんに、納豆とか卵って最高だと思うのだけど。

納豆が普通に買えるようになって、シアワセで平和な、お昼ごはん。

1月12日

さむくてもピカリと晴れた日は、気分がよい。
洗濯ものと布団を干すのは、なにより、すきなこと。

空を見上げたら、おおー、というくらい、空いっぱいのウロコ雲。
誰もいなかったので、ひとり、ジーッと見ていたら、だんだん離れていったり
流されたりして、いつの間にか、雲たちはどこかへいってしまった。

今日は、家で過ごす日と決めたので、ふだんより、ちとマジメに料理をする。
最後の最後で、肉じゃがをひどく焦がして、一気にキモチがひえひえ。
てづくりクッキーで、なんとか、ごまかした。

すきな料理家は、15年くらい前から、かわらず「小林カツ代さん」
きっぱり、きっちりとした姿勢は、野菜や家族、まわりのものすべて
すみずみまで、おおらかな愛と笑顔に満ち満ちている。

ああいう、お母さんになりたいと、むかしから思っていたけど、キモの
すわっていない私には、どだい無理というもの。

カツ代さんの著書には、いつもハッとするものがある。
ケンタロウさんたちが、まだちいさくて、共働きで、年子のコドモをかかえて
どんなに忙しかったか、ということなんかも、ズシンと胸にしみる。

うちの母も年子をうんで、共働きで、小学生の頃から、姉と一緒にわたしも
晩ご飯を作っていたりしたけれど、「母の味」という料理は、たしかにある。

うちのコドモたちにも、そう思ってもらえる料理が残せたらなーと思っている。

家庭料理は、よそいきのキレイなものではなくて、ふつうの日々の繰り返し。
飽きずに、何度でも、これ作って~と言われるような、そういう愛のある
かんたん料理を、つくりたいと思う。
とはいえ、気分がのらないときは、いつもキッパリ外食だけど・・・

カツ代さんも、うちの母も、つねにドーンとかまえている、おおきな空のよう。
わたしにとっては、そういう、ぜったいに超えられない存在。

1月1日

今日から、あたらしい年。
ピカリと晴れの日。

新年の挨拶は、不幸ごとのためにできないけれど、今年もどうぞよろしく
お願いいたします。

1年前に、書こうと決めた10年日記。
途中から、ひどいヨレヨレ日常となり、ぜんぜんかけなくなってしまった。

今は、すこしずつだけれど、確実に闇から抜け出しつつあって
また、あらたな気持ちで、2年目のページをうめていけたら、と思っている。

あいかわらず、初売りとか、バーゲンとか、福袋とかの一般行事には
なんの縁もないけれど、今年は、いくつか個展を予定している。
年女なので、ヒラヒラと動いていけたらよいなー、などと思っています。

だいじな人たちにとって、よい1年になりますように。