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12月24日

ものすごく、あったかい、クリスマスの日。
風邪をひいたので、一歩も家を出ず、ごろり。

お日さまが、部屋のずっと奥まではいってきて、そのまんま空をながめている。
まいにち見える山々も、今日は日差しがつよすぎて、なんだか、かすんでみえる。

ここに住んでから、山のようすや、カラスたちの鳴き声、神社の森の木が
ザワザワゆれる音、雨のときのズシンと重たい空、そのときどきの雲のカタチ。
いろんな景色をよく見ているなーと思う。

ここらへんは、だいたい山があるほうが南で、海があるほうが北という地形。
だから、どこかにいって、山がみえないと不安に思うし、海がないところは
想像できないし、方向感覚も、かなり、あやしくなる。

ぼんやりと、そんなことを考えながら、のんきに空を見つつ、昼寝つきの
クリスマスを過ごした。

特別なごちそうも行事もないけど、家族みんなで食べるご飯は、当たり前でも
とくべつよいこと、なんだと思う。

あのカラスにも家族がいて、夕方には、森のなかの家にかえるのだろう。
みんな、それぞれの居場所にかえって、1日がおわる。

年に1回の騒々しいクリスマスよりも、当たり前に過ぎる1日を、とくべつに
大事にしたいと、いつも思っている。

12月7日

先日、麻布十番の「さる山>」さんのところへ、伺いました。
ここが、三谷さんのあたらしい本「出版記念 巡回展」のはじまり。

こころ落ち着く、ひさしぶりの「さる山」さん。
その空間のなかの、本のなかのモノたちと、三谷さん。

僕のいるところ

三谷さんの本は「さる山」さんのところでも、家にかえっても、店にいても
読んでは、そのたび、しつこく、なんども、ぼたぼたと泣いた。

いろんな出来事のなかで、歳をかさねてきた三谷さんのいるところと
わたしのいるところと、今、この世に生きている人たちがいるところは
それぞれに、違うものだけれど。

砂粒のように、さらさらと消えていくモノは、命だったり、モノだったり
人とのつながりだったり。

かなしかったり、うれしかったり、いろいろな人たちの日々を内包しながら、
たしかに時間はながれていく。

ここのところ、長く、自分自身を受け入れられなくなって、生きていく意味が
みえなくなってしまっていた。

それでも、こどもたちは、呪文のように、なんども、いうてくれる。
おかあさんのことがだいすきだから、なんも、かわらんでいいんよー。
そのあたたかさは、さらに、よじれて、わたしに泣きたい気持ちを加速させる。

晴れた日には布団を干すように、泣きたいときは泣いて、うれしいときには笑って
今までどおり、生きていってよいのかなー、と、ようやくすこしずつ思えてきた。

消えかかりそうなところで、だれもが、それぞれの居場所をさがしている。
その答えはひとつではなく、それぞれ。

三谷さんの本には、日常のなかにちりばめられている、たからものが
一本の糸のように、紡がれている。

おちかくの「巡回展」で、三谷さんの「特別な本」と物語のなかのモノたち。
それぞれの、なにかと出会っていただければ、シアワセに思います。

11月10日

たくさんのメールをいただいております。
返信が、ものすごくおそくなってしまって、申し訳ございません。

それから、どうしても体調が不良のときは、臨時で店舗を休んでおります。
ご来店くださる場合は、あらかじめ、お電話にて、ご確認くださいませ。

この半年のうちに溜まったモノが引き金となり、一度に、こぼれおちるように
いろいろなモノがわたしの内側から流れだしてしまった。

むかしから、自分はへんなところで、ものすごい潔癖だったり、完璧主義だったり
激しくのめりこんだり、意固地だったりで、柔軟なところというのが、まるでない。
どうでもよい雑なところは、本当に大雑把だったりするのに。
「世の中は、そういうものだ」「なるように、なる」というような考えは
何度いわれても、わたしのなかにカケラも持ち合わせていないのだから。

人間には、危険がせまると、本能でカラダをまもろうとする意識がはたらくという。
わたしも、今回のことで本能的に、自分をまもるのは、家のなかだけ、という
限られた枠のなかにはいってしまい、あっという間に1ヶ月がたってしまった。

外にでることが、異常にこわくて、ただ泣いたり、ずっと寝たり、起きたり。
その間、時間はありあまっているのに、ほんとうに、なんにもできない。

店を運営している、いち社会人として、親として、オトナとして、妻として
人間として、ダメだと、毎日、毎日、ただ思うばかり。
起きていても、ねていても、ずっと悪夢をみているようなかんじ。

他人に侮辱されつづけることで、自己の価値を、まったく見いだせず
存在している意味すら、みえなくなってしまう。

だけれど、思いもかけないほど、たくさんのあたたかいメールをくださり。
こんな、ヤミヤミのわたしがいうのも、ヘンだけれど、こんな田舎の店で
こんなふうに偏屈な私のことを気にかけてくださる、かたがたがいて。

そのことは、なにより、うれしく、ありがたくて、かえす言葉もないほど。

そういう、あたたかい善意のかたがたの力をかりても、現代医療の力を
かりても、まだココロが晴れわたるようなことはなく、ただバラバラに
なってしまった自分のパーツのダメなところと、そうでないところを
このさき、自分自身でゆっくりゆっくりと、組み合わせる時間が必要のようです。

「お前なんか辞めろ」といわれても、気の強いところだけは、健在なので
店も、どうにか、このさき、ヨレヨレと続けていこうと思っています。

こんなヘンな私が、ヘンな店をしていて、気まぐれで、甘えで、無責任で
気分わるく思うかたも、いらっしゃると思いますが、いつか、バラバラの
パーツと絶え間なくおそう自責の念と、自己の存在意味が、よいカタチで
鼓動しはじめたときには、自信をもって、また店で、こころの奥から
笑っていたいと、思っています。

たくさんのメール。ほんとうにありがとうございます。
いろいろご迷惑をおかけしていますこと、どうか、お許しください。

ゆっくり、のんびりと、でも、かならずお返事させていただきます。

 

10月5日

いろいろなことがあった9月も終わり、あっというまに、10月になってしまった。
いちばん嫌いな冬が、すぐ近くまでやってきて、心のなかで納得できないことが
最悪な結末をむかえてしまった。

ここ半年ほど、わけのわからない異物を、ムリに飲まされているような
そういう気がしていた。
なんども伝えたけど「そんなもんだ」と、とうてい理解できるはずもない答えで
ムリに飲み込むように、わけ知り顔で説得され、それでもどうにかやってきた。

ちいさい頃、オトナは汚いと思ってきた。
愛想笑いで、思ってもいないことを、スラスラ言うことが、ただ許せなかった。
「そういうものだ」と説教する、馴れ合いの疲れたオトナになるくらいなら
毒を吐き出し、ヨレヨレの傷だらけになっても、自分が思う道を、ひとりでも
よいから生きていこう、と思ってきた。

だけど毒を吐くたびに、強烈な痛みがおそい、しばしば心が病み、疲れ果てて
もう、どうでもよいと、弱気で妥協して、あきらめることも多くなってきた。

オトナになるということは、あきらめること、妥協することが大半。
オトナ社会でうまく泳いでいくには、そういうことが大事だとカラダが学んだ。

その異物は、半年のうちに耐えられなくなるまでに成長し、カラダが悲鳴を
あげはじめ、吐き出した瞬間、大半の善良な顔をしたオトナにたたきつぶされた。
集団の、善良そうな顔をした嘘だらけの人たちが、いっせいに牙をむきだし
立ちあがれないくらい、わたしの心をひきちぎった。

心をひきちぎられても、堂々と生きていたかったのに、自分の思ったことは
間違っているとは思っていないけれど、目にするもののすべてが怖くなって
どうしようもないほどの無力感に襲われた。

そんな集団に、かかわりたくもないし、そんなオトナにはならないでよかったと
キッパリと顔をあげて、ひとりでも歩けるくらい、強くなりたい。

たったひとつのちいさな夢だけは、大事に守りたいと思っている。

9月18日

夏休みは、ドタバタとすぎていき、あっというまの9月。

9月にはいったとたん、とうとつなかんじで朝晩さむくなり、秋がきた。
カラダもあたまのなかも「暑~」という文字ばっかりだったので
この、あまりに急な変化についていけず、それは、それで、ものがなしい。

画像は、ペットボトルで、しずかに水栽培していたトマト。
こどもと夫作。

夏休みの宿題で育てていた「トマトの鉢」をぜんぶ空っぽにして、学校に
かえすこととなり、そのときには、まだ青くて小さい実が、ひとつだけブラリ。

まだ、食べられないけど、せっかく実になったのだから、と、かれらが
水で育ててみたら、3日くらいで、おじいさんのヒゲみたいな根っこがはえて
実のところが、すこしずつ大きくなって、ちゃんと育っていったのだ。

まいにち、みんなで、じーっとみては、おっ、ちとヒゲが伸びたとよろこび
下のほうから、オレンジにかわったとよろこび、ついに、完熟トマトに。

はじめは、ぜったいに育たないよー、と思っていた、ダサイ容れ物。
じっくり、ゆっくり、日々かわっていくトマトをみてきた。

こうなると、へんな情がわいてしまって、完熟になったのは、複雑に
さみしいヨロコビになったけれど、ダメなこどもがオトナになったような
うれしいキモチとさみしいキモチに、ちと通じるものがあるような気がする。

今日は、トマトをたべるサヨナラの日になってしまった。

8月11日

あつい、あついーと、ウダウダいうてる夏も、もうすぐ、なんとなく
終わりをかんじるような、明け方。
蝉は、夜明け前から、ないている。
あとすこしの短い命を、おしむように。

このあいだ、家族で広島に、でかけた。
まだ、わからないなりにも、ムスメたちを平和記念公園につれていく。

ムスメたちが、なにを見て感じたのか、わたしは、なんも言わずに見ていた。
帰りにぽつんと、こわいね・・・むかしは日本も戦争しとったん?という。
それだけの、なんとも、つたない感想だったけど、これからを生きるものとして
幼いなりに、なにかを感じてもらえたら、と、母としては思ったりする。

そのあと、広島案内人、おかださんに、家族写真をとってもらう。
ふつうにダラダラと、過ごしている、家族の写真。
家族写真なんて、ちと、どうよ?と思っていたけど、撮ってみて
よいもんだなーと、あらためて思う。

カタチとして、残す写真に意味はないのかもしれないけれど、こんな時期が
あったと、年寄りになって、しみじみ回想するのが、いまから、タノシミ。

おかださんに手伝ってもらって、来年の「サビサビ カレンダー」をつくった。
9月のはじめ頃、hpで、期間限定の販売を予定している。
誰が買うのか・・・はたして欲しい人がいるのか・・・謎も不安も多いけど
ひとつよろしくお願いします。

8月の日記は、なんだか支離滅裂、ひとりよがりの広告みたいになりました。
きっと暑さのせいです。
ごめんなさい。

あつくて、うるさいくらい、なく蝉の夏は、もうすぐおわる。
誰にとっても、よい夏となりますように。

7月7日

先月末、開店からまる3年をむかえ、思いがけず、いろいろなかたから
御祝いのことばを、ビックリするくらい、たくさんいただき。

好き勝手なことしていて、こんなふうに続けられて、励ましていただいて
こちらこそ、なんと御礼をいうてよいかわからぬほど、感謝のきもちで
いっぱいなのに。

ひねくれモノだから、記念日なんて、どうでもよいと思うたちだけれど
開店の日だけは、わたしにとって、とくべつに大事な1日。

いまでも、その部分だけは、切り取ったように、クッキリとした輪郭をともなって
よみがえり、ヨボヨボのおばあさんになってもぜったいに忘れないと思う。

世の中には、どうでもよいものが溢れていて、うちの店も、どうでもよいものの
ひとつだけれど、ひろいひろい世界のなかで、針でつついたような、ちいさな店が
誰かにとって「特別」と思ってもらえるような、そういう場所であれば、と願っている。

画像は、広島「zaikucraft」店主、おかださんが、かんじよく撮ってくれた。
誰の目にもとまらない、店のすみっこ。
どうでもよいところの、このちいさなところに、わたしの思うことが
つまっているような、そういう気がして、ながめている。

5月29日

ドタバタ、アワアワとしているうちに、5月は、もう終わろうとしている。

春のこの時期が、いちばん好きなのに、今年だけは、こころのなかが
なんでか、もやもやしていて、かるい、ひきこもりのようなかんじ。

気持ちがサビついたときは、このあたりの、ふつうに緑がモリモリの山をみていると
ココロが休まるので、山にのぼったり、ただ、たんに緑をぼやーっとみたり。

秋の紅葉は、見ていると、だんだんさみしくなってくるけれど、この時期の山は
緑の濃淡が、それはそれは深く濃く、見飽きることがない。

会いたいひとと会えたり、会えなかったり。
いきたいところに行けたり、行けなかったり。

5月の残り少ない日々は、夫の祖母の危篤とムスメのインフルエンザで
なんだか、おだやかでなく、もうすぐ、おわってしまう。

4月20日

このあいだ、大粒いちごを買ったら、口がひんまがるほど、すっぱかった・・・
あんまりにも悔しかったので、毒を煮詰める魔女のような、イヒヒ気分で
ジャムづくり。
あつくて、くるしがっている、いちごをコンニャロー、といじめていると
ほわほわと、甘い甘い匂いが漂い、魔女から、すっかり乙女なきもちに。

シアワセーな乙女気分のわたしのそばで、夫が「気分わるいー、吐きそうー」
などと、ほんきで苦しがっている。
かくいう夫は、大のいちご嫌い。
なんでも、幼少の頃、母親がいちご栽培に凝り、毎日毎日、寸胴なべいっぱい!の
ジャムを煮炊きしていたそう。
一生、ジャムもいちごも、いらん、というオトナになってしまったのだ。

よいことも、わるいことも、においと記憶は、しばしばセットになって
ふいに、蘇るもの。

つぎの日、朝食は乙女のジャムトーストにしようーと、シアワセ気分のわたしに
ムスメたちが揃って、いらん、と冷たく言い放つ。
夫も、当然ながら、かるく発言を無視。

よくよく考えてみると、うちの家族は、わたしを含め、誰もジャム好きではないのだ。
しかたなく、3日連続、厚さ9mmにぬりたくった、いちごの粒いりジャムトーストを
ひとり意地になって食べ続けた。

このさき10年、ジャムは絶対つくらん、と心にきめた、春の甘くて、にがい出来事。

3月31日

あっというまに、3月もおわり。
下のムスメの卒園+入学準備+イベントと、なんだかよくわからんまま
ドタバタとすぎてしまった。

桜も満開というのに、そうとうに寒い日が、また、このところつづく。
さむいので、家で、地味にぶさいくな「デコポン」を毎日たべている。

愛媛はみかんの産地なので、あちこちから、いただく。
柑橘を買うという出来事は、おくりもの以外、皆無というていいほど。
とはいうものの、すんでいるところでは、みかんの木自体は少なく、ちと
走ると、みかんのなった木が、あちこちにみえて、それが当たり前の風景。

小学生のときは、週末、いつも「ポンジュース」がでたので、みかんに飽きて
りんごとか、桃とか、ぶどうの産地だったら、よかったのに・・・などと
真剣に思っていた。

くだものの産地は、やはり学校でも、そんなジュースがでるのか
知らないので、ものすごく勝手な妄想なのだけれど・・・。
みかんの木より、桃やりんごの木が、たくさんいるほうが、ぜったいに
乙女心にも、かわいいはず、と思っていた。

いまでは、みかんの木も、まあ、これはこれで庶民的に、のんきでよし!
というくらい、かわいく思えてきたけれど。

家には、よれよれ、傷だらけ、ちと、さくさくになったデコポンが山盛り。
季節の終わりの、おそらく売り物にはならぬ、かわいそうな姿。
だけれど、デベソのごとく、ボコリととび出した、アタマ?のところの
ばからしい見た目に、いやされている。

週末は雨らしいけれど、満開の桜をみに、このデコポンたちをつれて
ひさしぶりに、ちかくの山に散歩にでかけようかなー、などと思っている。

2月5日

さむい、さむい冬の朝。
さいきん、またもズシリとツラクなるような、いろいろなことがあり
こころもカラダもカサカサとしたかんじ。

まっかっかのトマトを、お客さまからいただいた。
見た目のとおり、おどろくほど深い赤色で、濃厚な味わい。
徳島で、つくられているトマトらしい。

店をはじめて、お客様からいただいたものは、数しれず。

ひとりよがりにすきなモノを、ふつうに売っているだけなのに
こんなふうに気に留めてもらって、お客様からいただきものをするなんて
開店するまでは思ってもみなかった。

あたたかい言葉もたくさん、たくさん、いただく。
うまく言葉にならず、ただウレシイと思う気持ちが心にジワリとしみる。

今日の朝ごはんは、とびきりオイシイ天然酵母のパンとトマトをまるかじり。
どちらも、ありがたい、いただきもの。

今までいただいた、いろいろなもの、そのときのうれしい気持ち。
カサカサのところが、もう何でもないように思える1日のはじまり。

1月16日

今日は、うすくもりの空の色。
このところ、すこしあたたかくなって、しつこい足のシモヤケも
なおりつつあるのだけれど、油断は禁物。
いまからが、もっと寒いのじゃ・・・たぶん・・・

あたらしい年に、はじめたこと。
日記を書くということ。

日記は、飽きっぽいわたしが、唯一、長く続けてきたこと。
20年くらい書き続けていたけれど、店をはじめる年から、すっぱりと
まったく書けなくなってしまった。

店をはじめる、なんて、いよいよの夢が叶う年のはじめから、いきなりに
心が病み、おなかのところがよじれるような、胸がちぎれそうな感じの日々で
書くことができなくなってしまった。

大事な時期のムスメたちのことも、まったく覚えていないほど、この時期は
右往左往して、心が乱れ、そのときどきの気持ちを言葉にすることがツラク
客観性をうしない、自分自身も、この先の行方も、ぜんぶ見失った。

そうして、まる3年たったいま、ようやっと、また、日記を書きはじめた。
ふつうの文房具屋さんで、偶然手に取った、なんてことはない10年日記。
たわいのないことを、せっせと書いている。

いまは、ギューギューの川の字のように並んでねむるムスメたちも
10年後には、まちがいなく一緒にねむっていなくて、そんなこんなを考えると
すこし切なく、そんなふうに当たり前に少しずつ変わっていく日々を思い
たいせつに思って、過ごしていけたらと思う。

この日記がおわる10年先に、家族も大事に思う人たちも
うつりゆく世界も、みんな平和で、ふつうの日々を暮らしていられたら
よいなーと、願っている。